ハンナ・アレントのマルジナリア

ハンナ・アレント(1906-1975)の蔵書がpdfで公開されているようです。

例えば、アリストテレス『ニコマコス倫理学』の英訳版、Aristotle, Nicomachean Ethics (Translated, with introduction and notes by Martin Ostwald, The Bobbs-Merrill Company)のページはこんなふう。

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鉛筆で薄く書き込みされています。アリストテレスの本のどこが気になり、どのような触発を受け、何を思い浮かべたのか、そして何を書いたのか、そうした読書という営みの痕跡が垣間見えます。

もうしばらく、いくつかのメモを眺めてみないと、私にはアレントの手がにわかに判読できませんが、自分の読解と重ねたり比べたりしてみるのもいいですね。

いつ頃からか、人がどのように本を使ってきたのか、ということに関心がわいて、関連文献などを集め読んできましたが、昨今はこうした作家たちの蔵書がデジタルアーカイヴで公開されるケースも増えてきて、誠にうれしくありがたいことです。

いつか、古今東西の人びとが、本の余白をどのように使ってきたかという図録のようなものをこしらえてみたい、とは例によっての空想企画であります。

最近、アメリカ合衆国では、トランプ政権との関連で『全体主義の起原』(The Origins of Totalitarianism, 1951)などが再読されているらしいと聞きますが、目下の日本の状況なら、なにをどう読むべきでしょう。

 

⇒The Hannah Arendt Collection > marginalia
 http://blogs.bard.edu/arendtcollection/marginalia/

 

ニコマコス倫理学(上) (光文社古典新訳文庫)

ニコマコス倫理学(上) (光文社古典新訳文庫)

 

  

全体主義の起原 1 ――反ユダヤ主義

全体主義の起原 1 ――反ユダヤ主義

  • 作者: ハナ・アーレント,大久保和郎,ハンナアーレント,Hannah Arendt
  • 出版社/メーカー: みすず書房
  • 発売日: 1972/07/10
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 29回
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「性格」の変化

人間の性格は、年齢を通じてどのように変化するか、しないかというモンダイに関する最近の調査結果がWIREDで報じられています。

これと関連して、「性格」なるなにかを、どのように見立て、どのように評価・記述できるか、ということについて、これまでどんな工夫が凝らされてきたのかを知りたく思いました。

日本語の「性格」について『日本国語大辞典』(小学館)を見ると、18世紀末の用例があるようです。

通俗孝粛伝〔1770〕五・一回「崔慶性格(セイカク〈注〉キシャウ)又聰明特達常に詩書を学ひける」

現在使われている「性格」は、英語のcharacterの訳語でしょうか。これは例によって、ラテン語のcharacter、さらには古典ギリシア語のχαρακτήρ(カラクテール)に根があります。この語は「刻む」という意味のχαράσσω(カラッソー)に由来するようです。面白いですね。

『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)の「性格」の項目にある「性格研究の歴史」には、次のように書かれています。

性格に関する学説はギリシア時代の哲学者アリストテレスに始まるとされるが、医学者ヒポクラテスの体液説から同じ医学者ガレノスの四(よん)気質説への流れは、体液が気質に関係するとして、多血質、粘液質、胆汁質、黒胆汁質(ゆううつ質)の四気質説として説かれ、体液説が認められなくなった現代にも影響を及ぼしている。またイギリスの医学者ガルの骨相学では、頭蓋(とうがい)骨の形と精神的特徴を結び付けようとし、ドイツの哲学者クラーゲスの筆跡学では、筆跡によって書き手の性格をとらえようとした。近代の性格研究は、ヨーロッパの学者に多くみられる類型論的研究と、アメリカを中心とする特性論的研究とに分かれる。
[浅井邦二]

外から見てとれるその人の性質について、原因をどこに求めるか、その現れる現象はなにかといった観点から検討されてきているわけですね。

いくつかの言語で見てみるとこんな具合。

ドイツ語  Charakter [男性名詞]
フランス語 caractère [男性名詞]
スペイン語 carácter [男性名詞]
イタリア語 carattere [男性名詞]
中国語   性格xìnggé
韓国語   성격

日本語の古語『全文全訳古語辞典』(小学館)
・心(こころ)ばせ
心(こころ)ばへ
心柄(こころがら)
心様(こころざま)
人様(ひとざま)
人(ひと)と為(な)り
本性(ほんじやう)

というわけで、性格心理学の方面を検討してみたいと思います。英語にはCharacterology(性格学)という語もあるのですね。

 

wired.jp

宣教師の文法学

イエズス会士をはじめとするキリスト教の宣教師たちが、かつて世界各地に赴いて、現地の言葉を学んだり、その文法を分析したりする際に、どのように取り組んだのかというモンダイを追跡中。

日本語の場合、ジョアン・ロドリゲス(1561-1634)の『日本大文典』『日本小文典』他、いくつかの文法書が宣教師たちによってつくられていました。

イエズス会の活動について概要を得たいとき、最初に覗くのはウィリアム・バンガート『イエズス会の歴史』(上智大学中世思想研究所監修、原書房、2004/12)です。この邦訳書は、William V. Bangert, A History of the Society of Jesus, Second Edition: Revised and Updated (The Institute of Jesuit Sources, St. Louis 1986 [First Edition: 1972])、つまり原著第2版増補改訂版を訳したものです。創立から2000年代までの歴史を概観させてくれます。

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以下は、中国における文法関連の活動の様子を調べるなかで遭遇した文献です。。

 

★朱鳳「初期中国語文法用語の成立――モリソンの『英吉利文法之凡例』とその後の教科書」(『或問』第10号)
 http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~shkky/wakumon/no-10/wakumon10_4_zhu%20feng.pdf

 

★『或問』
 http://www2.ipcku.kansai-u.ac.jp/~shkky/wakumon.html


★何群雄「中国文法学の形成期についての研究:『馬氏文通』に至るまでの西洋人キリスト教宣教師の著作を中心に」(博士論文審査要旨)
 http://www.soc.hit-u.ac.jp/research/archives/doctor/?choice=exam&thesisID=35

 

何群雄『初期中国語文法学史研究資料――J.プレマールの『中国語ノート』』(三元社、2002)

 http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/093.htm

 

何群雄『中国語文法学事始――『馬氏文通』に至るまでの在華宣教師の著書を中心に』(三元社、2000)
 http://www.sangensha.co.jp/allbooks/index/072.html

 

何群雄「初期入華キリスト教宣教師にかかわる中国語教育と研究の事情について」(『一橋論叢』第124巻第2号、2000)
 http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/handle/10086/10488

 

★CiNii「何群雄」検索結果
 http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E4%BD%95%E7%BE%A4%E9%9B%84&range=0&count=20&sortorder=1&type=0

 

★宣教師たちの日本語研究
 http://www.meijigakuin.ac.jp/mgda/bible/topics/senkyoshi.html

 

イノベーションを社会実装する里山都市構想

先日登壇したイヴェント「Lead Japan Summit 先駆者と語る日本の未来」SENQ霞が関)のレポートが掲載されました。

金沢工業大学の主催で「イノベーションを社会実装する里山都市構想」というテーマでした。わたくしは、同プロジェクトに参画しているロフトワークスの棚橋弘季さんにお声かけいただいて、基調講演でお話をしました。題して「百学連環の計――発見と発想のための結合術」。イノヴェーションという言葉の語源から説き起こしてみたりして。

写真は例によって、変な手つきをしており、なんだか恐縮です……

 

 

「百学連環」を読む

「百学連環」を読む

 

 

 

「「ヤバい時でも平時でも、やるべきことは決まってる」の教え」

吉川浩満くん(id:clnmn)と連載している「人生がときめく知の技法」第4回が掲載されました。

「「ヤバい時でも平時でも、やるべきことは決まってる」の教え」と題して、エピクテトス先生の教えについて考えます。

 

 

語録 要録 (中公クラシックス)

語録 要録 (中公クラシックス)

 

 

 

「再現可能な科学」のためのマニフェスト

★「再現可能な科学」のためのマニフェスト
 A manifesto for reproducible science

 

Natureの新しい雑誌 Human Behaviour(人間行動)に掲載された文章が、同誌のサイトで公開されています。

科学研究の信頼性および有効性の向上は、科学文献の信用度を高め、発見を加速する。本論文では、方法、報告、普及、再現性、評価、インセンティブといった、科学研究過程の重要な要素を最適化する方策の採用について論じる。そうした方策の有効性を裏づける証拠は、シミュレーションと実験研究の双方で得られているが、研究者、研究機関、資金提供機関、学術雑誌がそうした方策を広く採用するためには、評価および改善が繰り返される必要がある。我々は、科学研究の透明性、再現性、有効性を改善するための行動が促されることを期待して、そうした方策の目標について、またその実現方法について論じる。

 

http://www.nature.com/article-assets/npg/nathumbehav/2017/s41562-016-0021/images_hires/w926/s41562-016-0021-f1.jpg

 

これは、以前「美しいセオリー」(2017/02/20)のエントリーでご紹介したアインシュタインによる科学における理論と現象の関係を示した図の現代版とも言えましょう。

 

それにしても、メールで毎号の目次を送ってもらえるサーヴィスがあるので登録していますが、Nature Human Behaviour誌の目次を見るたび、わたくしはこの雑誌を定期購読すべきではないかという思いが強まっております。

 



長沼美香子『訳された近代――文部省『百科全書』の翻訳学』

長沼美香子『訳された近代――文部省『百科全書』の翻訳学』(法政大学出版局、2017/02)f:id:yakumoizuru:20170327200824j:plain

読もう読もうと思いながら、書店に行くたび遭遇できず、別の本を買うということを繰り返すこと1ヶ月。このたびようやく手にすることができました。

というと、そんなに読みたいならさっさと注文なり取り寄せなりすればいいじゃないのと言いたくなる向きもあろうかと思いますが、それはそれ。手にしたところで、仕事その他ですぐには読めないのなら、いっそのこと出会うまでの過程を楽しめばいいじゃない、という次第。

どこに置かれてるかな、なにと並べられているかしら、今日は会えるかなと、会いたくて会えなくて震える日々も今日でおわりです。散歩がてら出掛けた神保町で最初に入った東京堂書店の哲学思想書棚のうち、中国や日本方面の本を集めた一角に置かれていました。てなわけで、読む読む。

以下は、ご参考までに目次を写してみました。

本書の目的は、いまだかつて総体として本格的に読解されたことのない文部省『百科全書』という明治初期の翻訳テクストを研究対象に据えて、翻訳学の視点から探究することにある。

目次は次の通り。

序章 文部省『百科全書』への招待

一 翻訳テクストの研究

二 『百科全書』研究の意義

三 本書の構成

 

第一章 翻訳研究における「等価」言説――スキャンダルの罠

一 翻訳の理論と「等価」

二 欧米翻訳学事始

三 近代日本の翻訳論

四 日本の翻訳学

 

第二章 文部省『百科全書』という近代――ふぞろいな百科事典

一 国家的翻訳プロジェクト

二 翻訳機関の変遷

三 『百科全書』の輪郭

四 起点テクストについて

五 翻訳者と校正者の群像

 

第三章 「身体教育」という近代――文明化される所作

一 身体の近代

二 明治政府と「教育」

三 「身体教育」の行方

四 「体育」とは

五 国民国家の「スポーツ」

 

第四章 「言語」という近代――大槻文彦の翻訳行為

一 大槻文彦と「言語」

二 『言語篇』の刊行事情

三 文法をめぐる『言海』と『百科全書』

四 「言語」とは

五 ためらいがちな「言語」というもの

 

第五章 「宗教」という近代――靖国体制の鋳型

一 「宗教」と非「宗教」

二 翻訳語としての「宗教」

三 明治政府と「宗教」

四 『百科全書』における「宗教」

五 非「宗教」のカモフラージュ

 

第六章 「大英帝国」という近代――大日本帝国の事後的な語り

一 遡及することば

二 「大英帝国」とは

三 「帝国」の記憶

四 「人種」をめぐる大日本帝国

五 更新され続ける「帝国」

 

第七章 「骨相学」という近代――他者を視るまなざし

一 人体解剖図と翻訳

二 西洋近代の「科学」

三 「骨相学」とは

四 語るまなざし

五 疑似科学の近代

 

第八章 「物理」「化学」という近代――窮理と舎密からのフィクショナルな離脱

一 蘭学から英学へ

二 自然科学の翻訳

三 「物理」「化学」への跳躍

四 定義するテクスト

五 学校制度のなかの自然科学

 

第九章 「百科全書」という近代――制度の流通と消費

一 「百科全書」とは

二 『百科全書』の視覚制度

三 制度としての学知

四 新聞広告による流通と消費

 

終章 「翻訳」という近代――訳された文部省『百科全書』

一 翻訳語の遠近法

二 増殖する名詞

三 翻訳論的転回へ

 

あとがき

 

文献一覧

事項索引

人名索引

 

 

 

訳された近代: 文部省『百科全書』の翻訳学

訳された近代: 文部省『百科全書』の翻訳学

 

 

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