岡倉天心――日本文化と世界戦略」ワタリウム美術館



このつど、ワタリウム美術館ではじまった岡倉天心展――日本文化と世界戦略」は、絵画、原稿、著作、日記、書簡、弟子や関係者の作品を中心に天心岡倉覚三の生の軌跡を検証する試み。鞄に岩波文庫版の岡倉覚三茶の本(村岡博訳、岩波文庫青115-1、岩波書店、1929/03、amazon.co.jp)をいれて外苑前に赴く。

茶は薬用として始まり後飲料となる。シナにおいては八世紀に高雅な遊びの一つとして詩歌の域に達した。十五世紀に至り日本はこれを高めて一種の審美的宗教、すなわち茶道にまで進めた。茶道は日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式であって、純粋と調和、相互愛の神秘、社会秩序のローマン主義を諄々を教えるものである。茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。

(同書、p.21)


などと読んでいるうちに電車は目的地に。改札を出て、地上への階段をのぼり、ワタリウム美術館への道を歩く。


同展は、ワタリウム美術館の二階から四階までを使って構成されている。上記した文物のほかに、写真、天心がデザインした衣装、設計した釣舟「龍王丸」、茶道具や扇子、そして、磯崎新氏(本展の実行委員長を務めている)と六角鬼丈氏による天心の東屋「六角堂」を再現した構造物(周囲の壁に茨城県五浦〔いづら〕の実際の六角堂からの眺めを撮影したヴィデオ映像が投影されている)が展示されている。それと各展示物の文脈を補足する解説文が多数あり、順を追って読むと当時の時代背景と天心の言動がわかるようになっている*1


文部省勤務から東京美術学校(現・東京芸術大学美術学部)校長へ。美術行政官であり美術史学の始祖。西欧の文物制度が流入する明治期の日本で、伝統日本美術の復興運動と啓蒙活動に勤しむ。のち、野にくだって日本美術院を創設。横山大観菱田春草たち後進の教育。近代日本美術の主導者。The Ideals of East(邦訳『東洋の理想』)、The Book of Tea(邦訳『茶の本』)の著者。「東洋」文化の紹介者にしてアジアの連帯独立の提唱者。中国、インドへの旅、ボストン美術館中国・日本美術部顧問という国境を越えた活動。フェノロサタゴールやヴィヴェーカナンダとの交流、異母姪・八杉貞や九鬼初子(九鬼周造の母)、プリヤンバダ・デーヴィー・バネルジー夫人といった女性たちとの恋。


その伝記的な出来事のいくつかを拾ってみるだけでも、岡倉天心(おかくら・てんしん, 1862-1913)という人物の複雑さが垣間見える。


国粋主義者」か「コスモポリタン」か、といった単純なモノサシでは測りきれない天心の活動の痕跡に触れるうちに、「日本 美術」の来歴や国家と文化の関係、諸文化の混交と対立(大きい話ですなしかし)などについての再考を迫られる。得がたい機会であった。これを機に天心を読もう。


と思いつつ、弟子のひとりが造った天心像を見上げていると、見知らぬ女性からお声かけいただく。曰く、そこに再現された六角堂には昨日(02/04――オープニング記念シンポジウム、磯崎新浅田彰「今、岡倉天心を考える」が開催された日)、お茶会に使ったのでお道具が出たままになっているけれど、中にはいってくださってよいですからぜひ畳にあがってご覧になってくださいとのこと。お言葉にしたがって、靴を脱ぎ、しばしヴィデオで再現される波打ち際を眺めやる。ここで発句でもすればよいのだけれど、無教養が邪魔をして(?)沈思黙考。


同展の会期は、今日(2005年02月05日)から06月26日まで。


ワタリウム美術館では、1997年から「岡倉天心・研究会」を主宰し、各種イヴェントを開催している。詳細は下記の同美術館ウェブサイトまで。


なお、本展覧会の記念出版物が二冊企画されている。一冊は、後述するワタリウム美術館岡倉天心・研究会』(右文書院、2005/02、ISBN=4842100451)。もう一冊は、写真・絵画・書簡など300余点を掲載した図録岡倉天心』(仮)平凡社)で、こちらは2005年5月に刊行予定とのこと。磯崎氏と浅田氏によるオープニング記念シンポジウムの採録も希望したい。


ワタリウム美術館
 http://www.watarium.co.jp/museumcontents.html


⇒右文書院
 http://www.yubun-shoin.co.jp/


⇒天心記念五浦美術館
 http://www.tenshin-museum.org/


茨城大学五浦美術文化研究所
 http://www.ibaraki.ac.jp/izura/goannai/


ボストン美術館(英語)
 http://www.mfa.org/
天心が中国・日本美術部顧問を務めたボストン美術館。同サイトを「Okakura Tenshin」で検索すると、天心が各地で入手した美術品を閲覧できる。


岡倉天心の世界
 http://www.linkclub.or.jp/~flmbwys/tensin/chaidx.html
 関谷雄輔氏によるサイト。『茶の本』の原文、和訳(朗読データもある)、年譜、写真など。

*1:大急ぎで作ったのか、誤変換や誤字が目立ったのが残念