森奈津子西城秀樹のおかげです』ハヤカワ文庫JAモ3-1、JA772、早川書房、2004/11、amazon.co.jp)#0232


巻頭に置かれた表題作西城秀樹のおかげです」(1997)、読み始めて二頁目で笑う。嗚呼、近頃小説を読んでいて二頁目で笑ったのはいったいいつ以来のことだろうか? などという言い草は、これから本書を手にとるかもしれない貴兄/貴女に過度な期待を抱かせた挙句、いざ胸を高鳴らせて読んでみたら期待が高すぎて笑えなかったじゃないのよどうしてくれるの、という失望感を与えかねないので慎まなければと思うのだけれど、実際笑ってしまったものはしかたがない。


しかも少し読み進めるそのつどにそこまでの読みで築かれた脳裏の状況が「どうしてそーなるの」という笑いとともに破壊されるすがすがしさ。このどこか荒涼とした近未来に漂う無常感はいつかどこかで感じたものと似ている、はてあれはなんであったか、星新一ショートショートであったか、筒井康隆のSFであったか、はたまた手塚治虫火の鳥で描かれる未来であったか。などと読むにつけてもいろいろなものがちょっとした懐かしさとともに去来する。


のだけれど、けっしてそうした懐かしさ(既知の作品の記憶)には還元できない余剰がこの短編集には漲っている。無理を承知で簡潔にいえば、それはとどまるところを知らない妄想力の明日なき暴走とそれを短い話に落とし込む筆力の拮抗によって描かれる、どこまでも己の欲望に忠実で頑固な人間の可笑しさではないか、と思う(って、お読みでない方には何をいっているのかさっぱりなコメントですネ。話の内容に立ち入りたいのは山々なのですが、ネタばれの野暮を避けるには口をつぐむよりしかたがないンですよこれが)。近頃お莫迦小説(←これ褒め言葉)が不足気味のあなたにお薦めするクィアーなエロと笑いのSF短編集。ああ、愚生も西城秀樹の恩恵を被るために「ヤング・マン」のレコードをば引っ張り出しておかないと。ひっぱりださなくても頭はもう秀樹が唄う「ヤング・マン」でいっぱい。



本書に付された柏崎玲央奈氏の解説「エロスと笑いの解放区」によると、森奈津子(もり・なつこ, 1966- )氏には本書のほかに、「お嬢さまシリーズ」や「花園学園シリーズ」、「ふしぎの丘シリーズ」「あぶない学園シリーズ」(以上、学習研究社)ほか多数の作品があるとのこと。近作に、『電脳娼婦』徳間書店、2004/11、amazon.co.jp)、ゲイシャ笑奴』ぶんか社、2004/12、amazon.co.jp)がある。


森奈津子の白百合城
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