『10+1』No.38(INAX出版、2005、amazon.co.jp)#0361
☆特集=建築と書物——読むこと、書くこと、つくること


『10+1』の最新号は、「建築と書物——読むこと、書くこと、つくること」と題して、建築書あるいは建築関係者の読書術を特集している。


特集名を冠した鼎談では、隈研吾五十嵐太郎永江朗の三氏が建築家と書物のかかわりについて語り合う。鼎談出席者の隈研吾氏もそうだが、磯崎新安藤忠雄レム・コールハース等々、建築作品と同様にその著作がよく知られている建築家は少なくない。


建築と言語は親和性が高いのか? という永江氏の問いかけに対して、隈氏が答えている。ここで語られている範囲で重要なことはつぎの二点だろうか。


1:抽象化の必要

——抽象化という行為とは親和性が強いと思います。ひとつの抽象的な概念をもとにして、プランニングからディテール、色まで全部決めつけていくというような意味で、抽象化作用と建築デザインの親和性が強い。というか、建築というのはデザインの範囲がかなり広い領域にわたるから、そういうコアとなるような概念なしではそれを統合するのが難しい。(中略)それが、建築家が言葉を呼び寄せるということにつながるんじゃないかなという気がします。


建築を構成する多岐にわたる要素を統合するために抽象化された概念が必要になるという動機は、建築家ならぬ身にも理解できるように思う。


概念〔コンセプト〕といえば思い出されるのは、ドゥルーズガタリの共著『哲学とは何か』(Qu'est-ce que la philosophie?)(財津理訳、河出書房新社、1997/10[Les Éditions de Minuit, 1991]、amazon.co.jp)の序論で論じられるマーケティングにおける概念だ。


マーケティングは、〔もちろん哲学の場合とは異なる〕概念〔コンセプト〕と出来事〔イベント、催し〕との或る種の関係の理念を保持することにはなった。しかしその場合、見よ、概念は、(歴史、科学、芸術、セックス、実際的な用途などに関する)産物や製品の紹介の総体に成り下がってしまい、出来事は、そうしたさまざまな紹介を演出する展示会や、その展示会で発生するとみなされている「アイディア交換」に成り下がってしまったのである。出来事は展示会でしかなく、概念は売ることのできる製品でしかない。

(邦訳書、18ページ; 原書、p.15)


企業の企画会議などに出席すると、「で、その商品のコンセプトはなんなのよ?」とか「コンセプトが弱いね」といった言葉が飛び交う場面に出会う。こういう場面における概念〔コンセプト〕には、たしかにドゥルーズガタリが批判しているように、製品を魅力的に見せるためのてっとりばやい紹介に過ぎない面がある。しかし他方で、ものを実際につくる現場においては、この概念〔コンセプト〕が効いてくる場面もある。隈氏が上記で語っているのは、いまだ実物が眼のまえにない、これからつくるものの姿を方向づけて、創造をうながす、そんな概念〔コンセプト〕の例であろう。この二つの用途は、同じ言葉を用いるので紛らわしくはあるけれど、ちょうどいま述べたように、日本語においては前者(商品紹介のコピー)は「コンセプト」と言われることはあっても「概念」とは言われないので区別がなされているともいえる(余談になるが、「美術」と「アート」、「芸術家」と「アーティスト」、「美術館」と「ミュージアム」がなんとはなしに使い分けられていることにも通じているように思う)。


建築と言語は親和性が高いと考えられるもうひとつの要因として、隈氏はつぎのように語っている。


2:建築=発注/折衝芸術

——(……)建築は発注を受けないとつくり出せないわけだから、その発注者に対してどう説明するかというときに、どうしても言語を媒介にしてまず発注者と接する必要にせまられる。


とりあえず自分でなにかを表現すれば作品になる芸術と、作品するために依頼主と折衝する必要がある芸術(といっておおげさなら、作品形態)がある。現代において建築はその最たるものだろう。同じ理由なのかわからないけれど、映画作家にも書物と親和性の高い人物がたくさんいるように思う。それなりの金額とそれなりの頭数の人間を動員して作品する集団創作の過程では言語を介した表現が重要な役割を果たすことは門外漢にも想像がつくところ(またぞろ余談になるけれど、映画と同様に集団創作であってもヴィデオ・ゲームがあまり書物と親和性が高くなさそうな理由は、管見によればゲーム・デザイナーがあまり本を読まないからだと思う)。


同鼎談はこれに限らず、さまざまな建築書にふれながらいくつかのテーマを取り上げている。欲を言えば、建築史研究家の五十嵐氏がどのように建築書とつきあっているのかについて、もうすこしつっこんだお話しを読んでみたいとも思った。


なお、建築と言葉のかかわりについては、同特集に寄せられた南泰裕氏の「建築と思想の離接について:四つの系をめぐる八つのキーワード」でも、隈氏の発言に通じる動機が述べられている。


同特集では、26人(組)の建築関係者が関連書の紹介を書いている。系統だったブック・ガイドというよりは、各々の関心に引き寄せたものでテーマはばらばらだけれど、関係者がどのような書物を手にしているかといった関心のありようが垣間見える。なんにせよ、それなりのヴォリュームをたたえたブックガイドは、テーマがなんであれそれだけで一定の愉悦をもたらしてくれるものでありがたい、などといったらミモフタモナイのだがこれほんと。


INAX出版 > 『10+1』
 http://www.inax.co.jp/Culture/top/tpo.html


INAX出版 > 『10+1』No.38
 http://www.inax.co.jp/Culture/2005p/index/127.html
 詳細目次が掲載されている


⇒建築書房
 http://www.h4.dion.ne.jp/~moroqyu/kentikushobou/
 moroqyu氏による建築書関連情報を集積したサイト