ピエール・ブーレーズ+アンドレ・シェフネールブーレーズ‐シェフネール書簡集 1954-1970——シェーンベルクストラヴィンスキードビュッシーを語る』 (笠羽映子訳、音楽之友社、2005/04、amazon.co.jp)#0381
 Pierre Boulez et André Schaeffner, CORRESPONDANCE (1954-1970) (Fayard, 1998)


ピエール・ブーレーズPierre Boulez, 1925- )と、民族音楽学アンドレ・シェフネール(André Schaeffner, 1895-1980)の書簡集。


シェーンベルクストラヴィンスキードビュッシー、アフリカ音楽をめぐって若きブーレーズと30歳年長の碩学シェフネールが交わす友愛に満ちた言葉は、それらの音楽を聴く私たちの耳にも啓発的で示唆にあふれている。


シェフネールとの交流について、ブーレーズはつぎのように書いている。

多分私がすぐに最もありがたく思ったこと、それは、ひとつの文明やひとつの機能の証拠として、またリズム的、形式的、あるいは音響的な思考の証拠として、ヨーロッパ以外の様々な世界への扉を適時開いてくれたことである。一定の西洋的な——あるいはそうと見なされた——優越性から「解放」されたこと、そのことを私は未だひとつの天の恵みのように考えている。

ブーレーズの序文より)



実際本書に収められた書簡においてそれぞれが、『ピエロ・リュネール』ブーレーズ、1961/11/21書簡)、ペレアスとメリザンド(シェフネール、1961/11/22書簡)の「垢落し」——「疑わしい慣習が堆積させた迷妄からの解放」(ロザンジェラ・ペレイラ・デ・トゥニー「序」——について意見を交わしている箇所などは、その後のブーレーズの演奏と考え合わせても興味深い。


ここに書簡が収められた1954年から1970年といえば、フランスで「構造主義」(structuralisme)が興る時期であることが思い出される。ブーレーズがシェフネールの、いってみれば導きを受けながらヨーロッパ中心的な解釈を脱してゆく過程と、たとえばクロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss, 1908- )が『野生の思考』(La pensée sauvage)大橋保夫訳、みすず書房、1976/01[1962]、amazon.co.jp)ほかの著作で示したような、西欧的思考の優越性を相対化し問い詰めてゆく姿勢とのあいだに見られるパラレルな動きにはどのような関係があったのか/なかったのか。


自身も「いつも音楽を聴き、音楽のなかで仕事をしている」(『遠近の回想』)というレヴィ=ストロースがシェフネールを評して次のように述べていることを、訳者笠羽映子(かさば・えいこ)氏が紹介している。

アンドレ・シェフネールは、——もはや見かけられないような——広大無辺の教養を持った人物であり、また、あの両大戦間のまばゆいばかりの時期の最後の証人のひとりであり、彼自身もまた、彼が親交を結んでいた——モースからストラヴィンスキーに至る——人々の傍らにあって、その時代の刻印をとどめていた。フランスの民族学は、彼がいなかったら、今日のそれと同じものにはならなかっただろう。シェフネールはそれに新たな音楽的な章を付与し、そしてとりわけ、たとえば、民族学をその境界をはるかに越えて、知的で芸術的な生活と関連づけた状態に保ち続け、民族学に、さもなくば欠けてしまったであろう感性を吹き込んだ。

(「訳者あとがき」、269ページ)


本訳書には、ありがたいことに未だ日本語で読めるまとまった著作のないシェフネールの論考が三本収録されている(以下は本邦訳書の書簡以外に収録された論考の目次)。

ピエール・ブーレーズ「軌道 ラヴェルストラヴィンスキーシェーンベルク
・アンドレ・シェフネール「シェーンベルク変奏曲」
・アンドレ・シェフネール「《狐》とストラヴィンスキーの「ロシア時代」」
・アンドレ・シェフネール「ドビュッシーと演劇」
ピエール・ブーレーズ「《パルジファル》への道」


いずれも「信じられない学殖」(ブーレーズ)という言葉にふさわしく示唆に満ち、同時に明晰な論文である。本書を手がかりにして、シェフネールの著作に向かいたいと思う。書店のデータベースによると、以下の著作があるようだ。


Le Jazz(en collaboration avec André Coeuroy, 1927; Jean-Michel Place, 1988)
Strawinsky(Rieder, 1931)
Origine des Instruments de Musique: Introduction ethnologique à l'histoire de la musique instrumentale(Editions de l'Ecole des Hautes Etudes en Sciences Sociales, 1936)
Le Sistre et le Hochet; Musique, théâtre Danse dans les sociétés africaines(Hermann, 1990)
Variations sur la musique(Fayard, 1998)


その他、ニーチェとペーター・ガストの書簡集の序論も書いているらしい(本訳書ドゥニーズ・ポーム=シェフネールの序文による)。


Lettres à Peter Gast(Édition du Rocher, 1957; Christian Bourgois, 1981)


ブーレーズの刊行されている書簡集には、ジョン・ケージとの書簡集がある


Pierre Boulez + John Cage, Correspondance (Christian Bourgois, 1991) もある。


⇒Deutsche Grammophon > Boulez2005
 http://www.deutschegrammophon.com/webseries/?ID=boulez2005
 ドイツ・グラモフォンがブーレーズ生誕80周年を記念して四枚の新録音をリリース


音楽之友社
 http://www.ongakunotomo.co.jp/