★ダニエル・C.デネット『自由は進化する』山形浩生訳、NTT出版、2005/05、amazon.co.jp
 Daniel C. Dennett, Freedom Evolves(2003)


本書は「自由意志」を擁護するために書かれた本だ。だから、書店店頭で本書の脇に添えられているポップに訳者山形浩生(やまがた・ひろお, 1964- )氏が書いているように、「自分が自由だと思っている奴は読まなくていい」。


ところがすこし哲学や科学にわけいってみると、「実は自由意志はないかもしれない」という見解のさまざまなヴァージョンに出会う。ラプラスの魔はそのよく知られた古典的な例で、宇宙に存在するすべての物質の位置と運動の法則がわかれば、その後の宇宙のなりゆきはすべてわかる、という決定論。自由はあるのかないのか、という議論は西欧では(例によって)すくなくとも古典ギリシアの昔から論じられている。


そんなこといったって自分は自由ですがな、と思えるし、実際そういう前提で毎日を送っている。ところが、このことを言葉を用いて理詰めで論証しようと思うと、意外と厄介なのである。たとえば、先に触れたラプラスの魔をどうやって退散するのか? あるいは近頃ではその心脳問題(心と脳の関係はどうなっているのか?/どう記述できるのか? という問題)ヴァージョンの「ユーザーイリュージョン説」というものもある。要するに、意識は脳の活動にいくらか遅れてやってくる、という仮説(実験の解釈)である。


こうした議論に抗して、「自由意志はある。なんとなれば……」と言うには、相当に面倒な議論をする必要がある。本書はその面倒きわまりないことをダニエル・C.デネット(Daniel C. Dennett, 1942- )が「みんなまとめて面倒みよう」(©クレイジーキャッツ)と一肌脱いだ一冊で、邦訳書にして430ページにわたって自由意志を否定する各種議論を潰してゆく。それだけに読むのもなかなか骨の折れる本なのだが、幸いなことは訳文が読みやすいことだ。


そのデネットのとる立場は「自然主義」。とはつまり——

哲学的な探求は、自然科学的な探求を超越したものではなく、それに先立つものでもない。真実を求める自然科学の試みと手を組むものであり、哲学者のやるべき仕事は、衝突しがちな視点の見通しをよくして宇宙についての統一的な見解に統合することだ。これはつまり、きちんと勝ち取られた科学的発見や理論の成果を、哲学的理論構築の材料としてちゃんと受け入れるということであり、それにより科学と哲学の両方についてまともな情報に基づく建設的な批評が行えるようにする、ということだ。

(同書、27ページ)


ここに書かれていることは、至極当然のことのようにも思えるけれど、デネットがわざわざこう書かねばならないような状況が彼のまわりにはあるのだろう。これにつづく箇所で「自然主義の成果を提示すると、ときどきぽっかり口をあけた戸惑いに迎えられたり、世にはびこる白い目や不安に出くわしたりする」とも書いている。


具体的な内容については何もコメントしなかったけれど、デネットの主張はタイトルが雄弁に語っているし、内容についても「訳者解説」で山形さんがコンパクトにまとめているので、気になるあなたはそこから読まれるといいと思う。


瑣末ながら、第3章第5節のエピグラフに使われている「アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド「アイディアの冒険」」(Adventure of Ideas)の邦訳は、『観念の冒険』(山本誠作+菱木政晴共訳、ホワイトヘッド著作集第12巻、松籟社、1982/04)だと思われる。


末尾になるが、目次は下記のとおり。

・第 1章 自然の自由
・第 2章 決定論について考えるためのツール
・第 3章 決定論について考える
・第 4章 リバータリアニズムの言い分をきく
・第 5章 これほどのデザインはどこからきたの?
・第 6章 オープンな心の進化
・第 7章 道徳的行為の進化
・第 8章 あなたはカヤの外ですか?
・第 9章 自分で自分を自由へと引き上げる
・第10章 人の自由の未来


⇒YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page > デネット『自由は進化する』サポートページ
 http://cruel.org/books/freedom/


⇒Daniel Dennett's Home Page(英語)
 http://ase.tufts.edu/cogstud/~ddennett.htm


⇒DANIEL C. DENNETT A BIBLIOGRAPHY(英語)
 http://sun3.lib.uci.edu/~scctr/philosophy/dennett/