笙野頼子『徹底抗戦! 文士の森——実録純文学闘争十四年史』河出書房新社、2005/06、amazon.co.jp


純文学をめぐる論争文を集めた前作ドン・キホーテの「論争」』講談社、1999/11、amazon.co.jp)、純文学を外側から勝手に定義するさまざまな勢力との争いに孤軍奮闘したジェイソン笙野が新著をひっさけげて帰ってきた(って、ずっと前線でご活躍なさっているわけですが)。


「純文学を守りたい」という言葉はしばしば作家の口から漏れるものだが(いつか辻仁成氏や平野啓一郎氏がそう述べていたのを読んだことがある)、そういう場合の「守る」とは純文学作品の執筆に従事して、伝統の灯を消さぬよう走り続けるという意味である。ところが、笙野頼子(しょうの・よりこ, 1956- )氏は一味ちがう。純文学とは何かという問題をめぐって、あるいは純文学雑誌という場所をめぐって、文字通り抗戦を繰り広げているのだ。


では、本作に集められた論争では何が争われているのか?


一言でいえば、文学を批評する批評家たちの言葉が貧しすぎることに笙野氏は怒っている。


文学、あるいは文学が向き合っている現実の複雑さは、たとえば批評家が道具とする西洋哲学の論理では十分に評することができない。にもかかわらず、吉本隆明柄谷行人といった影響力のある批評家の模倣をして(笙野氏の言葉でいえば「劣化コピー」として)文学をひとつの基準できりとり満足している批評家がある。しかし文学とはつねに複数の基準を許すものであり、一元的な基準は多くのものをとりこぼすだろう。


まっとうな批判である。しばしば「この作品をデリダを『使って』読む」といった物言いに出会うことがある。もちろん自覚のある人は、なぜそこで数ある候補のなかからほかならぬデリダを選んで「使う」のか、ということを熟慮したうえでそうするわけだが、なかにはまず道具ありきでそれが業界の慣習だからそうするのだといった具合に無自覚な人もある。ある概念装置を使って対象を見るとき、その概念装置によってはじめて見えることと同時に、その概念装置が隠すもの、捨象するものがある。対象を十全に見通そうという動機に駆動されていればそうした見落としは少なくなるだろうし、道具を使うことに夢中なら多くのものを見落としてしまうだろう。——というのは、文学に限らない一般論だが、笙野氏は文学と批評の文脈でそのことを言っている。


笙野氏の言葉を引いておこう。

私は彼ら〔批評家たち――八雲註〕の中で比較的立場が上の連中を明治政府ちゃんと呼ぶ事にしている。そしてその明治政府ちゃんに憧れていて時々書評を書いている人々を西哲〔西洋哲学――八雲註〕ライターと呼ぼうと思っている。その彼らの欠点は共通でこのような感じ。


1 国家しか見えない
2 近代しか判らない
3 物事の基準はひとつだけだと思っている
4 典型的な例だけを取り上げて他のものを見ない
5 白人と男だけが人間だと思っている
6 常識がなく、現実感覚がない
7 当事者意識もないというより自分だけは別だと思っている
8 歴史と地理を黙殺している
9 西洋哲学はキリスト教をバックにしているのに日本の宗教史に無知でそのまま適用する
10 今の純文学やアヴァンポップを読めないので、それをごまかすためにマーケティングして売っているようなただの大衆文芸をわざわざいちいち批判して新しい文学をスルーしている事の目隠しにする
11 逆にそういう大量生産のものを誉めて、どこにも文学なんかないと言ってみる
12 どっちにしろ本物にぶちあたって分析する能力はない、


これこそがしかし日本のインテリなのだ。だって宗教に無知で民心を離れ、身体感覚等の想像力を欠いているやつがエリートになるのだから。そのような日本近代の歴史的構造がこのインテリ達の中に反映しているのだから。

(同書、8-9ページ)


『金毘羅』(集英社、2004/10)
では、そうしたインテリによる作品解釈の是非をめぐって作家が自作へ対する不当な解釈を逆解析(リヴァース・エンジニアリング)してみせる本なのか、というと、本書に集成された「論争」は上記のようなモチーフをもちながら、もすこし大きなところで争われている。つまり、文学不良債権説(大塚英志氏)、近代文学終焉説(柄谷行人氏)への批判が中心にある。


参考まで、帯に名前のあがっている批評家・評論家は以下のとおり。ただし紙幅のほとんどは大塚氏に充てられている。

大塚英志柄谷行人栗原裕一郎永江朗前田塁渡部直己加藤典洋、山岡頼弘、福田和也大杉重男石原千秋斎藤環山城むつみ丹生谷貴志小谷野敦上野千鶴子


笙野氏の喧嘩の骨法もさることながら、喧嘩の実況中継の背景に見える文芸誌の制度的な側面もおもしろい(けっこうコード〔縛り〕がありそうです)。


一読者としては、文芸誌が売れるか否かにかかわらず、見たこともないような作品をどんどん掲載して論争もどんどんやっていただければ、そのほかに注文したいことはない。


⇒RESTLESS DREAM
 http://kimukana.at.infoseek.co.jp/
 笙野頼子非公式ファンページ