成瀬巳喜男——記憶の現場』(2005, 94min)
関係者たちへのインタヴューをつうじて映画監督・成瀬巳喜男(なるせ・みきお, 1905-1969)に迫る一作。


登場するインタヴュイーは、淡島千景草笛光子小林桂樹司葉子(以上は俳優)、秋森直美(美術監督)、池田誠(衣裳)、石井輝男(映画監督)、石田勝心(映画監督)、金子正且(プロデューサー)、黒岩義民(編集)、小嶋眞二(照明技師)、小谷承靖(映画監督)、須川栄三(映画監督)、竹中和雄(美術監督)、伴利也(録音技師)、福沢康道(撮影監督)、三縄一郎(音響効果)、宮本陽弘(録音技師)。


成瀬の寡黙な人となり、現場がとても静かだったこと、脚本をつねに読み手をいれていたこと、自然な演出をこころがけていたこと、世間や人をよく観察していたこと等々、成瀬監督作品が創造される現場に立ち会った人びとの記憶の集成から成瀬像が浮かび上がる。


貴重な証言を集成した労作であることに感謝したうえで述べると、証言者が多いわりに、それぞれの成瀬像のあいだに乱れや齟齬(複数性)があまり感じられなかったのはなぜだろうか。それは、編集(による整除・鋳造)のためなのか成瀬という人物のためなのか見極めがつかなかった。もっともこれはあらゆる伝記作品について言えることに過ぎない。



またこれは、作品中で遭遇した椿事として記録したいだけのことなのだけれど、小林桂樹氏が毎日の日常のなかで「あ、これは成瀬映画だ」と感じることがある、と語る印象深い場面がある。登校する子供を見送る親の姿、出勤する夫を追いかけて弁当を手渡す妻など、当時の人々の生活を垣間見せる場面が成瀬の映画にはさりげなくしかしかならずはいっている。小林氏は、毎朝、携帯で話しながら歩く同じ男性をみかけるたびに、そうした成瀬映画の日常を思い出すという。


可笑しいのは、この直後に突然、住宅街のような場所で携帯で話す男性のカットがはいることだ(全編中、インタヴュイーや引用映画やゆかりの風景以外の映像がはいるのはここだけではなかろうか。あるいはそれは小林氏が毎朝観るという窓の風景だったのだろうか?)。作品全体にとってはなんということのない細部に過ぎないけれど、このカットがあらわれた瞬間に、すこし戸惑ったことを記録しておきたい。


もちろん上記したことは成瀬巳喜男に接近するための資料としての本作の価値をいささかも減ずるものではない。


東京では、7月29日(金)まで池袋・新文芸座でモーニング・ショー上映。以後は、大阪シネ・ヌーヴォーで08月20日(土)〜09月02日(金)が予定されている。


成瀬巳喜男 記憶の現場
 http://www.mikionaruse.com/


⇒作品メモランダム > *[成瀬巳喜男]
 http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/searchdiary?word=%c0%ae%c0%a5%cc%a6%b4%ee%c3%cb