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book 永嶺重敏 怪盗ジゴマと活動写真の時代 新潮新書 新潮社 2006 book 永嶺重敏 怪盗ジゴマと活動写真の時代 新潮新書 新潮社 2006



『怪盗ジゴマと活動写真の時代』新潮新書172、新潮社、2006/06/20、ISBN:4106101726


明治・大正期(について)の文献を読んでいると、ときおり「ジゴマ」という名前に出くわすことがある。たとえば、こんなくだり。

大正四年の頃、私が二十円拾って、一割の二円の報償金をもらったことがある。当時十七歳の私は、そのお金で、欲しかった冒険小説ジゴマを一円八十銭で買い、残りの二十銭で、草むらの中から、二十円の財布を見付けてくれた愛犬ベルにビスケットを買い与えたのであった。

(小林重喜『明治の東京生活——女性の書いた明治の日記』角川選書217、角川書店、1991/09/25、ISBN:4047032174、p.81、強調は八雲による)


冒険小説ジゴマといえば、久生十蘭が訳したレオン・サジイ(Léon Sazie)の『ジゴマ』(中公文庫サ4-1、中央公論社、1993/12/10、ISBN:4122020581が中公文庫に入っている(目下は品切れかもしれない)。これは、フランスの作家レオン・サジイによる新聞連載小説で、中公文庫の解説者・中島河太郎氏によると、この久生訳は、雑誌「新青年」昭和12年(1937年)4月号の別冊付録として刊行されたものだというから、上記小林少年が手に入れたものとは別物のようだ。


ジゴマとは、パリの市民を恐怖のどん底に陥れる神出鬼没の犯罪王で、その犯行現場にはかならずイニシャルの「Z」の文字を残して行くという怪盗。こういうキャラクターの鼻祖はどのあたりなのか詳らかにしないけれど、やはり新聞連載小説に基づいて作られたルイ・フイヤード監督のファントマシリーズや、フリッツ・ラング監督のドクトル・マブゼシリーズを連想させる(世に出た順序で言えば、ジゴマ、ファントマ、マブゼとなるだろうか)。そういえばモーリス・ルブラン「ルパン」ものを書いたのも20世紀初頭だった。


このジゴマ、日本映画史の書物を繙くと、日本中に活動写真の面白さを知らしめた作品としてしばしば言及されている。なんでも明治44年(1911年)に封切られて大ヒット、たくさんの類似作品まで作られておおいに盛り上がったものの、青少年へ悪影響を与えるという理由から大正元年(1912年、先の中島の解説では大正3年としている)には上映禁止の憂き目にあった——というのがその盛衰のあらましである。


(永嶺氏が巻末で参考文献に挙げているジゴマ研究論文などを除いて)多くの場合、数行で済まされてしまう、このジゴマをめぐる騒動はいかなるものであったか。このつど刊行された、永嶺重敏(ながみね・しげとし, 1955- )氏による『怪盗ジゴマと活動写真の時代』がその経緯に光を当てている。



永嶺氏といえば、『雑誌と読者の近代』(1997、ISBN:4888882614『モダン都市の読書空間』(2001/03、ISBN:4888883106、あるいは『〈読書国民〉の誕生——明治30年代の活字メディアと読書文化』(以上いずれも、日本エディタースクール出版部、2004/04、ISBN:4888883408といった労作で、史料の博捜から日本近代における読書の実情を浮かび上がらせている作家。


本書でも、これまでの著作と同様にそのフットワークを遺憾なく発揮して、ジゴマ映画が実際、どのように帝都をはじめとする日本各地で上映され、人々がどのようにそれに熱狂したのか、類似作品やノヴェライズ本がどのように作られたのか、そしてどのような経緯で上映禁止へと至ったのかを丁寧に追跡している。ときに新聞・雑誌の引用を、ときにジゴマのあらすじを引きながらジゴマ熱の痕跡を整理する著者の筆先のむこうに、大正元年日本の活動写真の熱気を帯びた一齣が垣間見えてくる。同書の目次は下記のとおり。

・はじめに
・序章 〈映画都市〉東京の誕生
・第一章 ジゴマ、帝都を震撼させる!
・第二章 ジゴマ、地方都市を席巻する!
・第三章 ジゴマ探偵小説、氾濫する!
・第四章 ジゴマ、犯罪を誘発する?
・第五章 ジゴマ、上映禁止となる!
・終章 映画都市の変貌とジゴマの記憶
・あとがき
・参考文献


また、ジゴマのフィルムをともなって地方を巡業し、人々の胸を高鳴らせたという活弁士——「頗る非常大博士」——駒田好洋(こまだ・こうよう, 1877-1935)についての記述もまた本書の読みどころであると思う。著者は、岡山市史』から駒田の前口上を拾い上げている。

頗る非常な御入来に、頗る非常に有難い仕合せ、頗る非常に一大大満悦、頗る非常に厚礼を申述べてくれと、頗る非常に頼みますので、頗る非常に御礼を、頗る非常に申上げる次第


居合わせた観客たちは、こうした口上を耳にして、これからはじまる活動写真に否応なく期待を高ぶらせたに違いない。朗々たる肉声を連想させるこうした数行は、落語の速記録を読むのにも似て、録音記録にも負けず劣らずライヴな雰囲気を生き生きと想像させる力を持っている(もちろん、どこまで行っても想像の上のことではあるのだが)。


こんな興行に立ち会えた観客は、なんと素敵なシネマのパラダイスに住んでいたのだろうか、などと他の事情を知らないままつい大正元年の活動写真事情に憧れを覚えそうにもなる。もっともそのパラダイスは警視庁、内務省の上映禁止措置によって束の間の夢と終わりもするのだけれど。


永嶺氏、つぎは頗る非常に大博士の評伝を書いてくれないだろうか。


YOMIURI ONLINE > 大ヒットし、“模倣犯”が続出した「ジゴマ」
 http://www.yomiuri.co.jp/yomidas/meiji/topics/topi29.htm


⇒日本映画・問題視された作品及び其周辺史年表
 http://www.geocities.jp/okumiki555/yokubou-.htm


⇒歴史が眠る多摩霊園 > 駒田好洋
 http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/K/komada_k.html


なお、未見だが、ゆまに書房から刊行されつつある『最尖端民衆娯楽映画文献資料集』(牧野守監修、全18巻予定)の第1巻から第3巻は、下記のようにジゴマ関連書を復刻したもののようだ。


★第1巻『探偵小説 ジゴマ』桑野桃華(明治45年 有倫堂)
★第2巻『探偵奇談 女ジゴマ』高橋筑峰(明治45年 春江堂)
★第3巻『活動写真 日本ジゴマ』江沢春霞(大正元年 三芳屋書店)


ゆまに書房 > 最尖端民衆娯楽映画文献資料集
 http://www.yumani.co.jp/detail.php?docid=307