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歴史の授業



高校生の頃、歴史の教科書を読むつど、どうにも躓いてしまうことがあった。


例えば、或る戦争が勃発したきっかけや原因がさらりと数文字、数行で説明されているのは、紙幅の都合もあろうからよいとして、いったいその歴史の記述は、どのようにして選び出され、そこに記されているのか。その出来事を巡って無数にあったはずのさまざまな事柄から、どのようにして数文字、数行に凝縮されたのか。そこに記された言葉は、どんな史料に裏打ちされているのか……。


とまあ、これは今から振り返ってみると、当時の自分はそんなことを思っていたのだろうという推測なのだけれど、どうも歴史の教科書を読むときの居心地の悪さというか、腑に落ちなさというものが、いつも気になっていた。



だから、教科書を読みながら気になるところがあると、そこで引用されている史料に自分で当たってみたりもしたのだが、これはこれで難題が待っている。例えば、世界史の古代ギリシアのくだりで「歴史の父」としてヘロドトスが紹介されている。ふむ、ヘロドトスを一つの下敷きにしてここに書かれていることが引き出されているのか、と思ってさっそく書店で岩波文庫版の『歴史』を買ってくる。


どれ、とベッドに寝転んで読み始めるのだけれど、これが思ったほど面白くない。今なら、ヘロドトスの時代背景や、歴史をどんなふうに記述しようとしているのかといった知識や関心があるので、たいそう楽しく読める本なのだけれど、なにせ当時は今以上に予備知識もほとんどなくて、積極的な問題意識を抱いているわけでもない。出されたご飯は残さず食べる式に、なんとか最後まで読了してみたものの、頭の中には断片的な逸話が散乱して、かえってぼんやりしてしまうばかりだった。


つまり、教科書の記述が物足りないと思って、一次史料のほうへ手を伸ばしてみたら、今度は混沌に飲み込まれてしまったという次第。以来、どうしたら自分の理解や関心に「ちょうどいい」歴史とのつきあい方があるだろうかというのが課題の一つになっている。


さて、前置きが長くなったけれど、本書『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』朝日出版社、2009/08、ISBN:4255004854)は、歴史の書かれ方が気になっている私のような読者にとって、頗る面白く、考えさせられる本だった。


本書は、『戦争の日本近代史』講談社現代新書)や『戦争の論理』勁草書房)の著書で知られる加藤陽子さんが、栄光学園の中高生たちに向けて行った授業を書物に仕立てたもの。テーマは、目次を見ていただくのが早い。

序章 日本近現代史を考える
1章 日清戦争――「侵略・被侵略」では見えてこないもの
2章 日露戦争――朝鮮か満州か、それが問題
3章 第一次世界大戦――日本が抱いた主観的な挫折
4章 満州事変日中戦争――日本切腹、中国介錯
5章 太平洋戦争――戦死者の死に場所を教えられなかった国
おわりに


つまり、近代から現代にかけて、日本が経験してきたこれらの戦争に際して、日本人がどのようにして戦争を選ぶに至ったのか、ということに焦点を当てた歴史の授業なのだ。



この専門家と高校生を組み合わせる授業は、やはり赤井茂樹さん率いる朝日出版社編集2部が刊行した池谷祐二さんの『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」――または、自分を使い回しながら進化した脳をめぐる4つの講義』朝日出版社)――本欄では紹介できていないけれど、脳に関心のある人なら、ぜひ読んで欲しい本だ――でも採用されているやり方で、そのライヴ感のよさもさることながら、話者(著者)が一定の緊張感を保ちながら議論を進めるという状況が、読み手にもひしひしと伝わってきて、これがまたよいのだ。


というのも、話し手からすると、自分の研究領域のなかでは多言を要さずとも通じることや前提が、ここではそのままでは通用しないからだ。どうかすると、自分が立っている足下についても見直すことになる。加藤さんは、序章で、戦争という主題を扱うということについて、概説をするとともに、歴史(学)の醍醐味がどこにあるかという話をしている。

歴史的なものの見方というものは、いきおい、国家や社会のなかに生きる自分という人間が、たとえば、なぜ三一〇万人もの人が犠牲となる戦争を日本は行ってしまったのか、なぜ第一次世界大戦の悲惨さに学ぶことなく戦争は繰り返されたのだろうか、という「問い」に深く心を衝き動かされたときに初めて生ずるものなのだと思います。つまり、悩める人間が苦しんで発する「問い」の切実さによって導かれてくるものなのだと私には思えるのです。

(同書、47ページ)


一旦このように、探究の糸口であり、それを継続させる基となる問いが発せられる場面について述べている。しかし、これだけで話が終われば、「自分には関係ないな」と思う人はそれまでになるだろう。加藤さんは、続けてこう言う。

日本だけでなく世界も含めて、過去の歴史研究の第一線で論じられたり考えられたりしてきた日本史の「問い」には、いったいどのようなものがあるのか。それが明確にされている教科書があれば、とても面白いと思う。その場合の「問い」は、中学生や高校生や大学生など若い読み手にとって、切実に知りたいと思わせる。そしてよくわかるものであれば、世の中にとっても広く意味を持つものとなるでしょう。

(同書、47ページ)


じわじわと、問いの重要性に迫っている。歴史という営みは、無数にある過去の文物を手がかりにして、そのとき何が生じたのかを詳らかにしてゆくものだけれど、そのとき何より大切なものは、探求者がどんな「問い」を手にしているかということだ。なぜなら、無数の史料は、探求者が手にしている「問い」に応じて、意味と価値を帯びて現れてくるからだ。だから、加藤さんがここで述べていることをパラフレーズすれば、探求者が抱いている「問い」を知り、共有してみることが、実は歴史(に限らないのだけれど)とつきあう場合には、とても肝要になってくる。


それはそうと、ここで言われている「問い」を明確にした教科書があれば、ぜひとも読んでみたいものだ。さらに勝手な希望を述べれば、古今東西の探求者たちが発した問いのカタログがあれば、と常々思う。誰がいつ、どんな問いを発したのか。その問いに導かれて、どんな事柄が見えるようになったのか。そうしたことについてまとまった研究があるのかどうか、勉強不足で知らないので、勝手にそれを「問題学(Problematology)」などと呼んでいる。


話を戻すと、加藤さんは、「なんで歴史なんて勉強しなくちゃならないの」というよくある子どもたちの疑問(それは、真剣に問われている場合もあるけれど、本当は半ば、大人たちがこの問いにうまく答えられないことを見越して発せられるものだと思う)に対して、「将来役立つから」とか、「役に立たないからいいんだ」といった答え方をする代わりに、こんなふうに述べている。

中高生のハートをつかんで日本史の方に向かせるには、歴史上に生きた人々が発した、根源的な「問い」が生まれた現場を見せるところからスタートするしかないのではないでしょうか。


ある研究者は、なぜ、ある「問い」を解かねばならないと考えて研究を始めたのか、そのような「問い」は、なぜ解くにあたいする問題なのか。多くの研究者が自らの「問い」と格闘した結果の集大成が教科書になる、そのような実感が持てる教科書があってもいいわけですね。

(同書、48ページ)


これは歴史に限らないことだと思う。自然科学にしろ、数学にしろ、文学にせよ、哲学はもちろんのこと、こうした観点こそが、学問の成果(とは、常にさしあたっての途中経過報告なのだが)を受け取る側をもその気にさせ、あわよくば自らも探究に踏み出したいと思わせるものではなかろうか。


要するに、加藤さんは、序論で述べたことを、続く五つの章で実践してみせるわけである。つまり、なぜ日本はこれらの戦争を戦うに至ったのか、という「問い」との格闘を演じて見せてゆくのである。これは、たぶん歴史(学校で植え付けられた歴史学のイメージ)に苦手意識を抱いている人にとっても、興味深く読める本だと思う。


聴講者の中高生たちもいい。そのつど加藤さんから向けられる問いかけに、考えをめぐらせながら、自らも巻き込まれてゆき、時に加藤さんの想定範囲を超えた回答を提示し、時に反問している。読者は、加藤さんの問いかけに対して、中高生たちの答えを読み進む前に、一旦読書の手を止めて、自分でも考えてみると、一段と本書を楽しむことができるという仕掛けだ。


肝心の本論について、ほとんど何も書かなかったけれど、こうした加藤さんの骨法の面白さをこそ、まずはお伝えできればと思ったのだった。



ついでながら、冷戦史家のジョン・ルイス・ガディスが書いたTHE LANDSCAPE OF HISTORY: How Historians Map the Past (Oxford University Press, 2002, ISBN:0195171578)は、マルク・ブロックとE.H.カーを主な参照点としながら、歴史学の方法を論じていて啓発的な一冊だった。


なお、本書の編集を担当している朝日出版社の鈴木久仁子さんは、森達也『死刑――人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。』朝日出版社、2008/01、ISBN:4255004129)も編集している人。この2冊の次には、いったいどのような書物を手がけるのか、いま気がかりな編集人の一人である。


朝日出版社 > 特設サイト
 http://www.asahipress.com/soredemo/


⇒日本史近代を楽しむ野島研究室のページ
 http://www4.ocn.ne.jp/~aninoji/
 著者のウェブサイト