読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

存在と文字――白川静における「ロゴス」


*拙稿の誤植について、末尾に追記しました(2009年12月29日)



久しぶりに『ユリイカ』誌に寄稿しました。今回の特集は、白川静――一〇〇歳から始める漢字」です。


当初の編集部からのご依頼は、漢字以外の古代文字について、白川流の方法や見方を施すとしたら、そこからどんなことが見えてくるかを考えるといった内容でした(大意)。もちろん、私にそんなことができようはずもないのですが、たまさか楔形文字古代エジプトの文字やマヤ文字について、あれこれ調べたり考えたりしていた矢先のこと、連日twitterでそれらしきことをつぶやいていたのが目に止まってそうした話になった次第です。


さて、無理を承知の上で、しかしながら面白い問題設定だと思った私は、各種古代文字の研究において、どのような取り組みがなされているのかを綜覧し、その問題意識や研究方法を、白川静の漢字研究のそれと比較することであれば、浅学非才の門外漢にもなんとかできるだろうと愚考しました(これでも十二分に無謀ですが)。奇しくも、別の関心から楔形文字の研究史を辿り、かつて楔形文字の解釈に漢字研究における「六書の法」と呼ばれる分類手法を持ち込んで、功を奏した事例に遭遇していささか興奮していたところでもあったのです。


ところが、そのつもりで白川静の全著作(といっても、一般に入手可能な範囲ですが)を検討し直した結果、当初の問題設定に沿って議論をするわけにはいかないことが分かりました。というのも、各種古代文字の方法論はともかくとして、当の白川静の文章に躓いてしまったからです。それは、これまでにも何度か読んでおりながら、見過ごしていたことでした。いわば、問題に取り憑かれてしまったわけです。


一言で言えば、白川が使う「ロゴス」という言葉の意味を解し兼ね、これが自分なりに分からない限り、先に進めないと思いました。しかも、どうやら白川は、漢字論の根幹に関わる議論をする場面になると、この「ロゴス」という概念を使うのです。加えて、この語については、さほど多くを語らずにいます。


ロゴスといえば、西欧思想史ではお馴染みの言葉ですが、多くの場合、それは言語やことばにまつわる意味で使われています。しかし、白川がこの語を用いる場合には、ことば、文字、存在、ロゴスという四つがセットになっているのです。つまり、ロゴスという概念は、ことばや文字とは別の何かを示そうとして呼び出されているのです。では、それは何か。



これが、今回寄稿した論考「存在と文字――白川静における「ロゴス」」で考えてみたことです。少し込み入った議論をしていますが、白川の文章においてこの語が担わされた役割については、大方理解できる形でときほぐせたと思います。解釈の鍵となっているのは、これまたたまさか別の必要から再検討を施していたヘラクレイトスのロゴス論でした。


さて、そこでも書いたのですが、残る問題は、一般的に用いられる語や固有名を除くと、滅多にカタカナ語を濫用しない白川が、どうしてこのロゴスだけは、漢語に翻訳せずに使い続けたのかということです。


原稿では、ロゴスという概念の多義性のためではないかと推測を述べました。しかし、その後さらにつらつらと考えながら思ったのは、漢字の根幹についての説明を、漢字だけで済ませることができないと白川が感じていたのではないかということです。そこで漢字とは異なる言語体系から、ロゴスという概念が召喚されたのではないか、こんなふうにいまでは思っています。



まだ、雑誌全体の半分ほどしか読んでいませんが、同特集では、田中栞さんの「『字通』の校正」が誠に興味ある内容でした。あの『字通』の校正を担当した体験談です。


以下に特集内容の目次を青土社のウェブサイトから引用しておきます。同号の詳しい目次は、青土社のサイトをご覧ください。

【当世漢字気質】
一海知義×石川九楊「触知する文字宇宙 漢字・書・詩学
石牟礼道子「わが国の回復を」
多和田葉子「漢字の裏切り」
・小山鉄郎「独立峰の仕事」


【写真構成】
・「三千歳の青年」の相貌


【子曰く】
梅原猛「奇人たちの遊興」[聞き手=西川照子
白川静「蓬山遠し」
一海知義白川静高橋和巳
・津崎史「思い出断片」
西川照子白川静と書物 読むことの豊饒」
・出口宗和「白川静先生についての感慨」
・小駒勝美「「日本語漢字」 辞典のつくり方」
田中栞「『字通』 の校正」


【逍遥する文字学】
松岡正剛「レキシコ・メソドロギア 世界を巫祝するまなざし」[聞き手=編集部]
倉阪鬼一郎「『字統』 頌」
高島俊男「両雄倶には立たず 白川静藤堂明保の 「論争」」
藤井貞和「国語という思想の動機 白川静氏と 『万葉集』」
山城むつみ「来るべき万葉のプログラム 白川静の字書三部作」
・大熊肇「非手書き文字と手書き文字の字体」
加賀野井秀一「「文字学」 の差異化 differe/anciation について」
師茂樹「文字(キャラクター)を生み出す儀式 白川静の漢字論によせて」
山本貴光「存在と文字 白川静における 「ロゴス」」


【資料】
白川静略年譜


なお、同号は、2009年12月28日発売です。



ちなみに、これまでに『ユリイカ』誌に寄せた原稿は以下の通りです。


・「存在と文字――白川静の「ロゴス」」(2010年01月号「特集=白川静」)
・「計算論的、足穂的――タルホ・エンジン仕様書」(2006年09月臨時増刊号「総特集=稲垣足穂」)
・「作る・遊ぶ・語る――叢書『All about Video Games』」(2006年09月号「特集=理想の教科書」)
・「ゲームへの寄与――任天堂のスピリット・オブ・ワンダー」(2006年06月号「特集=任天堂」)
・「含羞の野蛮ポップ――野坂作品の二つの骨法」(2005年12月号「特集=野坂昭如」)
・「アンケート」(2005年11月号「特集=文化系女子カタログ」)
・「投壜通信年代記――思想誌クロニクル1968-2005」(2005年08月号「特集=雑誌の黄金時代」)
・「人文系ブログ案内」(2005年04月号「特集=ブログ作法」、吉川浩満との共同執筆)


青土社
 http://www.seidosha.co.jp/index.php


【追記】


拙稿「存在と文字」の――


・210ページ上段のヘラクレイトスの引用文「周期の尺度である」の末尾に「。」が抜けておりました。
・214ページ上段に「岸陽十」とあるのは、「岸陽子」の誤植です。


以上、訂正してお詫びいたします。