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科学の言葉

book Gillian Beer 未知へのフィールドワーク 鈴木聡 東京外国語大学出版会



★ジリアン・ビア『未知へのフィールドワーク――ダーウィン以後の文化と科学』(鈴木聡訳、東京外国語大学出版会、2010/12、ISBN:4904575091
 Gillian Beer, Open Fields: Science in Cultural Encounter (Oxford University Press, 1996)


 ここしばらく、言葉がいろいろな場所や状況で、どんなふうに使われているかということが気になっている。別の言い方をすると、「文学」ってなんだろうかという疑問がずっと念頭を離れない。日本古来の「文学」という言葉の用法もあれば、近代以降Literatureに対応させられた意味もあれば、一時期ヨーロッパで提唱されたように文で表されるあらゆるものが文学の対象ではないか、という考え方もある。


 ところで私は、「文学」という言葉を、なんだかうまく飲み込めず、さらに言ってしまえば、怪しい言葉だと睨んでいる。文学といえば、もっぱら小説や詩のことを指したり、大学の文学部で研究・教育される文学研究――というのはつまるところ小説や詩の研究が中心だと思うのだけれども――がまずもって連想される。歴史や来歴や諸事情が絡み合った結果、目下「文学」という言葉がそのような意味で使われているのはいいとして、しかしそれにしても文学ということで、対象を小説や詩だけに限ることもないのではないか、という気がしている。


 そこで、ともかく言葉で綴られた文章全体を対象とするような立場を、改めて「文学」だと考えてみたいと思う。こういう考え方には、先にも少し触れたけれども、先達が何人もいることであって、私が考えたことではない。先だってご案内した『考える人』での連載も、そうした底意地からあれこれ考えてみようとしているものであった。


 それはともかく、そういう関心で書店の棚を眺めていたら、このジリアン・ビアの本が目に飛び込んできた。ジリアン・ビアといえば、それこそヴァージニア・ウルフジョージ・エリオットの研究で知られる文学研究者。そんな彼女が「文化と科学」という言葉を冠した書物を書いているというのだから、ここには私が読んでみたいなにかがある、そう思って手にした。


 まだ全部を読んだわけではないので、書評めいたことを書いたりはできないのだけれど、期待通りの内容で、刺激に満ちた書物に出会ったときの常として、朱筆でたくさんの書き込みをすることになった。


 要するに、科学的な内容を綴る文章が、どのような言葉遣いをしているか、そうして科学の用語として使われた言葉が、当該領域の外でどのようなズレを生じてゆくか、といったことを検討にかけている。ビアは、専門用語が、領域外で「誤用」されたり意味をズラされたりすることを、しかつめらしく非難しているわけではない。むしろ科学者であっても、創造的な段階では敢えて多義的な言葉を選ぶこともあれば、科学的用語がその領域外で新たな創造の種を与えることもあるといったように、言葉の創造的な側面に着目している。


 また、同書は、当然と言えば当然のことながら、科学における言葉の問題を考えるうえで逸せない重要な文献をいくつも教えてくれる。目下は、本文や注に現れる書物や論文を集めながら、いくつかの論考を繰り返し読んでいるところ。


 ここではとりあえず詳しい目次を掲げておこう。

緒言
序論


I ダーウィン的な出会い

 第一章 ビーグル号上の四つの肉体――ダーウィンの書簡における触覚、視覚、書記行為
 第二章 土着民は回帰し得るか
 第三章 逆方向の旅――旅行記と真理の主張
 第四章 他者を代弁する――ヴィクトリア朝の人類学論攷における相対主義と権威
 第五章 ダーウィンと言語理論の成長
 第六章 失われた環【ミッシング・リンク】の創出=捏造――学際的物語


II 科学的著述における記述と引喩【アリュージョン】

 第七章 発見の言語における記述の問題
 第八章 翻訳か変形か――文学と科学の関係
 第九章 ヴィクトリア朝の科学的著述における譬え【パラブル】、専門化、文学的引喩【アリュージョン】


III ヴィクトリア朝の物理学と未来

 第十章 「太陽の死」――ヴィクトリア朝の太陽物理学と太陽神話
 第十一章 ヘルムホルツ、ティンダル、ジェラード・マンリー・ホプキンズ――既存の想像力の飛躍
 第十二章 読者の賭け――運、籤引き、未来
 第十三章 波動理論とモダニズム文学の勃興


IV コーダ

 第十四章 『四角が変じて円となる』、ならびにその他の奇妙な符号――演劇としての化学
 
 
訳者あとがき
人名索引


 ビアの訳書には、ダーウィンの衝撃――文学における進化論』富山太佳夫監訳、渡部ちあき+松井優子訳、工作舎、1998/05、ISBN: 4875022964)もある。原書は、Darwin's Plots: Evolutionary Narrative in Darwin


Wikipedia > Gillian Beer
 http://en.wikipedia.org/wiki/Gillian_Beer


⇒Contemporarywriters.com > Gillian Beer
 http://www.contemporarywriters.com/authors/?p=auth134