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第3回 潜在するもの/顕在するもの

work 映像文化論 一橋大学



「映像文化論」第3回は、「潜在するもの/顕在するもの――コンピュータ・グラフィクス」というテーマで、映像について考察しました。


今回と次回の2回を使って、映像の「潜在性」について考えてみようという趣向です。


今回は、「潜在性」という言葉そのものは念頭におきつつも、脇において、まずはコンピュータによる映像を観てみることにしました。


昔から映画を観ていて不思議に思うことの一つに、コンピュータを使ったハッキングのシーンがあります。


古くは『トロン』から始まって、マックス・ヘッドルーム、あるいは後のジュラシックパークソードフィッシュなどなど、たいていの映画におけるハッキングの描写は、ひどく派手なのです。


実際には、キャラクター(文字)ベースで、プログラムを駆使しつつ、データを読み、命令を繰り出すという営為なので、傍から見たら文字だらけの画面に向かったプログラマが、ぶつぶつ言いながらキーを叩いているという至極地味な場面。


映画では、それでは絵にならないせいか、コンピュータの画面にひどくわかりやすい3Dシューティング・ゲームのようなものが出てきたり、大きく見間違えようもなく「パスワード」と表示した入力フォームが出てきたりと、プログラマハッカー的思考からすると、大変ムダな処理にたくさんの手間暇をかけているのです。


そんな場面に遭遇するつど、映画館の暗がりの中で「おい!」とツッコミを入れるのが、だんだん楽しくなってきている自分に最近気がつきました。


それはそうと、次回はいよいよ「潜在性」の話に進みます。コンピュータを用いた映像を考えるうえで、いわゆるストリーミング(ゲームで言うムーヴィー)映像はあまり面白みのないモンダイです。それよりも、やはりリアルタイムにプログラム(予め計画された命令群)によって生成される映像こそが、コンピュータを用いた映像の醍醐味だと思います。このことの仕組みと意味について、あれこれ考えてみたいというのがこの2回の狙いなのでした。


というわけで、次回はコンピュータの仕組みとアリストテレス先生の話をしなければなりません。


「映像文化論」の参考文献リストを更新しましたので、受講者の皆さんはご参照ください。


*画像は、講義のために作成しているPowerPoint資料のタイトルページです。


⇒作品メモランダム > 2011/04/24 > 「映像文化論」参考文献リスト
 http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20110424