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丁寧に生活しようという気持ち


スタジオジブリの映画を観ると、「もっと丁寧に生活しよう」という気持ちをそそられます(全部が全部というわけではありませんが)。


といっても、ジブリのアニメーションを観て、なにか道徳的なメッセージを読み取ったとか、そういうことではありません。


そもそも「ジブリのアニメーション」という括りに疑念を感じる向きもあろうかと思います。私も普段なら、そんなおおざっぱな括り方はむしろしたくない質です。でも、スタジオジブリの映画を観るたび、そういう心持ちになってきたのは確かです。


なんと言いましょうか、アニメーションのなかで登場人物たちが、日々の生活を送る様子を見ていると、所作や道具の使い方、ものごとの段取りなどが、実に好ましく感じられることがしばしばなのです。このたびコクリコ坂からを観て、やはりまた「丁寧に生活しよう」という気持ちになりました。そういえば、前回観た『借り暮らしのアリエッティも。


これはジブリ作品に限らず、小説や映画や漫画に接する際にひそかに感じることが多い感慨の一つです。こういう感覚をなんと呼んだらよいか、まだ分かりませんが、物語のかたちをとった作品でしばしば感じることではあります。


もっとも、形態を問わず「作品」というものは、放っておけば千々に乱れている意識や心に対して、ある種の「流れ」を整える働きがあるものだとも思います。


いま昨日のことを思い出していたかと思えば、次の瞬間にはコーヒーの香りに心を奪われ、そうかと思う間もなく締切の心配をする……。そういう元来混沌としている私たちの意識や心の状態に対して、作品はそれに意識を向けている間だけ、一定の秩序を与えてくれるわけです。上記した心持ちも、そうした作用の一環であるような気がしています。


と、全然『コクリコ坂から』の話になっていませんが、この映画に触発されて感じたことを、とりあえず書き留めておこうと思います。


一つだけ内容に関して言うと、学術史に関心を懐く身としては、劇中に出てくるそれは魅力的な秘密基地のような「カルチェラタン」(舞台となる高校の部室塔)は、とても気になる空間でした。化学、数学、哲学、文芸、考古学、音楽、出版などなど、百科に分裂した諸学術が、それでも一つの建物に同居して、ゆるやかに交流している感じ、悪くありません。


コクリコ坂から
 http://kokurikozaka.jp/