『早稲田文学』第4号の小特集「the century of McLuhan: 1911-2011」に、「物質と記憶の未来」というエッセイを寄稿しました。
マクルーハンが提示した「メディア(ものとものの間にあって両者を媒するもの)は人間の知覚やものの考え方をどう変えるか、変えつつあるか」という問いかけを念頭に、コンピュータについて考えてみるという趣旨です。
タイトルに示したように、物質のあり方が変わることで、それを用いる人間の記憶のあり方が変わるだろうけれども、さてそれではどう変化するだろうというお話。
以前、『言語社会』に書かせていただいた「物質と記憶のラプソーデイン」や拙著『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)の姉妹編でもあります。
この、「物質と記憶の関係」は、いろいろ気になっているテーマの一つで、やがて『物質と記憶の文化史誌』のような文章としてまとめることができたら、と念じております。
『早稲田文学』の今号は、「震災に。」「出発点としての”大江健三郎”」という二大特集、ソローキンの『青脂』(翻訳完結)、クロード・シモン『農耕詩IV』(白水社から刊行予定とのこと)、そして上記のマクルーハン小特集から成っています。怒濤の646ページ。詳しくは、下記『早稲田文学』ウェブサイトで。