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「数学」の来歴/デカルト座標


本日は、ゲームプログラマー向け「数学」講義(東京ネットウエイブ)の第2回でした。



まず、前回積み残していた「数学」という言葉の来歴について話すところから。例によって、明治期にmathematicsの翻訳語として造られた(借用された)この語は、本来どういう意味を持っていたのか。「数学」といえば、あたかも「数」に関する「学」のようであるけれど、改めて見なおしてみれば、それだけではないわけです。図形もあれば論理もある。これをどうして「数学」と呼んで済ませるのか。


そんな問題から、これもまた例によって、mathematicsの元にある古典ギリシア語の話に至りました。語源を見ると、mathematicsが必ずしも「数」学ではないことが判ってきます。


といった確認をした上で、本日はいよいよゲームと数学の関係を、具体的に検討し始めます。



手始めにデカルト座標に関する議論です。それというのも、ほとんどのコンピュータ・ゲームでは、テレビやパソコンのモニターといった表示装置を使います(使わないゲームもあります)。そこで、ゲームを作ろうと思えば、画面になにかを表示するということについて、とくと理解する必要がある次第。


そのとき避けて通れないのが座標の話。ルネ・デカルトが案出した例のデカルト座標です。


ただし、ゲームの画面では原点のとり方が、数学で見慣れた座標とはちょいと違います。早い話、画面の左上を原点として、右に向かってxが増加、下に向かってyが増加するという数え方をするのです。


こうした検討をした上で、今度はスペースインベーダー(1978)を観察します。まずは、ぐっとシンプルなゲームを見ながら、まだプログラムの学習も始めたばかりの皆さんに、「自分ならこの画面をどうプログラムするか」を考えていただこうという趣向です。


しかも、プログラム言語の文法もまだまだ勉強が進んでいないことをよいことに、「日本語でプログラムを考えよ」という課題にしています。実はこれ、自分でプログラムを組み立てられるようになるためには、結構大事なコツなのです。いきなりプログラム言語で考えるのではなく、まずは自然言語(今回は日本語)で、なにをどうコンピュータに命令すればよいのか、と考えるわけです。


そのようにして、スペースインベーダーの画面をじっくり見直しながら、日本語で画面表示の仕方を検討してみました。



この講義では、単に知識を伝えるのではなくて、「どうしてそう考えるようになったのか」という経緯も含めて検討してゆこうと考えています。これは、拙著デバッグではじめるCプログラミング』翔泳社、2008、ISBN:4798114197)でも採用した方法なのでした。


⇒哲学の劇場 > 作家の肖像 > ルネ・デカルト
 http://www.logico-philosophicus.net/profile/DescartesRene.htm