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空想地図作成法

book 今和泉隆行 みんなの空想地図 白水社


★今和泉隆行『みんなの空想地図』白水社、2013/11、ISBN:4560083274



地図は楽しい。


なによりも眺めていると、空想を誘われる。学生の頃、戦時中の軍事用地図を整理するアルバイトをしたことがあった。日本列島の各地域を表した地図の端に「マル秘」の判をついた古びた地図を手にしていると、なぜその時期に、その地域の地図が機密扱いになったのだろう、ここに軍事施設や要人の集まる建物があるのか、この地図を誰がどのような目的でつくり、用いたのか……などなど、土地のかたちを測定・描画した図面は、その上で生じていたかもしれない出来事を連想させる。


地図に表される大地は、宇宙空間にでもいるのでないかぎり、どこにいても常に私たちの足下にあるものだ。地図は、その大地の状態を、自分ではなかなか取れないような視点から俯瞰して見せてくれる。そこには自然のかたちがあり、その上に人間や動植物がつくる各種の空間がしつらえられている。しかも、それは時間の経過とともに変化してゆく。


地図には、森羅万象の生態系が写されている。眺めて楽しいわけである。


また、地図を描くのも楽しい。人に場所を知らせるためにその辺のチラシの裏に描く即席の地図。地域や世界の状況を見えるようにするために各種データを重ね合わせて描く地図。架空の物語やゲームのために、舞台をしつらえようとしてつくる地図。


こうして地図をつくると分かることは、作者自身の必要や関心に応じて、「同じ」空間が、まるで「異なる」空間として表現されるということだ。例えば、コンピュータゲームで地図をつくる場合、アクションゲームが展開される舞台としての空間やその地図は、いかに戦いに戦略の要素をもたらすかといった観点や、敵味方入り乱れての戦いが行いやすい場所を用意しようとして作られることがある。ミステリ小説のために描く地図なら、事件が起きた建物の部屋割りや空間同士の関係が分かるように平面図を描く、などなど。


地図を描くことは、単に地形を描くことにとどまらない。そこでなにが生じうるか、生じたかという出来事を描くことでもあるのだ。



今和泉隆行さんの著書『みんなの空想地図』白水社、2013/11、ISBN:4560083274)は、こうした地図の楽しみを幾重にも教えてくれる好著。


まず、表紙からして面白い。輸送用のビニールを外してみると、三つ折りにされたブックカヴァー自体が、地図になっていることが分かる。「中村市(なごむるし)」という名前からして、日本のどこかにある都市と思しきその地図は、どこからどう見ても、私たちが日頃、行き先を調べるときにお世話になる地図や、車に放り込んでおく道路案内地図にしか見えない。


土地の上を河川が這い、道路や線路が走り、駅やバス停がある。各地域には区割りが施され、地名や番地が振られている。コンビニエンスストアや百貨店、学校や役場や公園、寺社といった各種施設、住宅街や繁華街があり、主立った信号の位置と名前まで描かれている。


もしなにも知らない人に説明抜きでこの地図を見せたら、日本のどこかに実在する都市だと言われても分からないに違いない。そして、この地図が、どこにも存在しない都市を描いたものだと知らされた瞬間、二重に驚倒するはずだ。


第一、これはどこから見てもどこかの都市の地図ではないか。これが架空の土地だというのか、という驚き。第二に、なにをどうすると、人はこんな地図をつくりたくなって、実際につくれてしまうのか、という驚き。これは、同書を編集した中村健太郎さんから、いつだったか今和泉さんが作った地図を見せられて最初に感じたことだった。


言葉にしろ絵や図にしろ、なにかを書く/描くということは、ものをどのように見るかということと表裏一体のことだ。それだけに、このような空想地図をつくる人が、一体全体どんなふうにものを見ているかということ自体、興味が尽きない。


『みんなの空想地図』は、まさにそうした関心に応えてくれる書物で、今和泉さんがいかにして「地理人」となったかという次第が、地図製作がどのように進展してきたかという次第とともに書かれている。


とりわけ冒頭に置かれた「序――「未日常」のフィールドワーク」という一文に、そのエッセンスが描かれている。幼少時に、お父さんに連れられて、住んでいる界隈を通るバスに乗り、普段は行かないような場所まで乗ってみる。そうしたバス・トリップの面白さを語る次のくだりに、たぶん空想地図製作のポイントが示されている、と思う。

父と出かけたバスの中は、普段からそのバスを利用する、知らない人びとの日常空間でした。それは自分の日常圏から他人の日常圏へと延長していくような感覚で、遠足のバス旅行では味わうことのないものでした。遠足は距離感覚があいまいになり、近いか遠いかの実感が持てませんでしたが、バス・トリップはどれくらい遠くまでやってきたかが実感できる遠出でした。


(略)


バス・トリップの後、あらゆる路線がまとめて描かれた路線図を見てみると、自分がまだ乗ったことのない地域や路線を知ることができます。乗ったことのないバスの行き先を眺めるだけでも、終点に向かってどんな街のストーリーが拡がっているのか、想像して楽しむようになりました。行く先々での未だ見ぬストーリーを勝手に想像してみること、いわば「未日常」の拡がりを想像する試みを、路線バスを通じて楽しむようになったのです。実際にバスに乗り込まなくても、バス路線図をただ眺めているだけでも、未だ見ぬ日常を想像して楽しむこともできました。

(同書、9-10ページ)


「日常」でもなければ、「非日常」でもない、「未日常」と名付けられた感覚は、彼がつくる空想地図を支える重要なものの感じ方なのではないかと思う。それは、自分の生活の延長上で、しかし見知らぬ人たちの暮らしぶりを想像してみることだ。


こうした観点から各地の都市を眺め歩き、未日常として把握された土地の様子や記憶をもとに、誰かの日常が営まれる地図をつくりだすこと。歩き観察することと、想像で描き出すことが、見事に循環して、この驚くべき空想地図は描かれている。


同書では、そうした地図がスケッチのような、試し描きのような状態から、徐々に深められてゆく様子をつぶさに見せてもらえる。その過程自体が、一種の都市の発展のようでもあり、別の見方をすれば、都市の解剖図のようでもある。本当に汲めども尽きない、それこそ地図のような楽しい書物だ。


思わず笑ってしまったのは、巻末近くに置かれた「都市・地域巡回の記録[2001-2013]」と「地理人の略歴年表[2013]」。前者は、今和泉さんが訪れた都市がいくつかの指標とともにプロットされている。後者は、今和泉さんの誕生から現在までの経歴が、「学習環境」「定給環境」「周辺環境」「一人の世界」という分類で、整理、図示したものだ。誠の図形狂い、整理狂いというべきであろう。


そんなわけで、教えに行っている専門学校でも、ゲームデザインの学生たちに「この人を見よ」(ゲームの世界をつくるのだって、こうでなくっちゃ!)と、この本を見せている。来年からは推薦図書にしようと思う。


■書誌


著者:今和泉隆行
編集:中村健太郎、和久田褚男
装幀:小沼宏之
発行:2013/11/10
版元:白水社
定価:2000円
頁数:157ページ


■関連リンク


白水社 > 『みんなの空想地図』
 http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=08327


⇒空想都市へ行こう!
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