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未来の記憶のために



たぶん世の中には、万人が賛成する企画や計画というものはない。誰かがよいと思って考案した計画も、別の人から見れば違和があったり、反対したくなる点がある、というのが常である。


そうした賛否はともかく、そのアイディアが提示されなかったら、人が考えもしなかったかもしれないことを考えさせるのは、企画や計画の持つ重要な働きである。また、反論や批判が妥当なものである場合、その反論や批判に応じて当のアイディア自体にさらなる磨きをかけることができるという利点もある。


東浩紀福島第一原発観光地化計画』(genron、2013/11、ISBN:4907188021)は、そのような意味で読者に考えること、反応することを迫る内容を備えた書物だ。それもそのはず、この本は、現在の日本において最重要かつ喫緊の課題であり続けている東京電力福島第一原子力発電所事故に対する長期的かつ大規模な展望を示してみせているからだ。


2011年3月11日に生じた東日本大震災に伴って生じた福島第一原発事故については、あれから2年半以上が経った現在も、たくさんの課題を抱えたまま事態の収束と廃炉へ向けた作業が続けられている。


本書は、この福島第一原発から20キロほどの距離にある「Jヴィレッジ」を再開発し、観光地化することを提案している。2020年にJヴィレッジの敷地を使って災害復興博覧会を開催し、東京から同地へのアクセスを整理、2036年までにその博覧会跡地に複合施設「ふくしまゲートヴィレッジ」を建設するというのが、計画の骨子だ。


その目的は、この土地を「原発事故とその後の復興を象徴するまったく新しい空間に生まれ変わらせる」(東浩紀福島第一原発観光地化計画とは」)ことにある。なぜそうする必要があるのか。福島第一原発の事故の記憶と教訓を、「これからも原子力発電に依存し続けなければならないすべての国の人々に対して残すべき」(同前)であり、事故への関心を広く惹起し、その記録と記憶を未来へ伝えるためである。放っておけばどんどん散逸する記録を保存し、忘れるにまかせればこともなく風化しゆく記憶を更新するためといってもよいだろう。その実現方法として、観光地化が提案されているわけである。


「ふくしまゲートヴィレッジ」は、ビジターセンター、博物館、ショッピングモール、ホテル、展示施設、モニュメント、リゾート施設、大学院大学など、各種の施設から構成される。本書は、こうした構想や計画の詳細を中心に編まれており、その実現可能性や課題を検証するために必要となる、さまざまな角度からの検討やインタヴューが併載されている。それぞれの細部について検討を加えることはできないが、ここでは本書が提示する計画の根幹について、考えたことを少し述べてみようと思う。


巻頭近くに興味深いデータが提示されている。Yahoo! JAPANで行われた「福島第一原発の観光地化、どう思う?」というアンケートに対して寄せられた約4万8千の回答の結果だ。これを見ると、約65パーセントの人が「観光地化はそぐわない」と答えている。「観光地化して風化を防ぐべき」と答えたのは約30パーセント(残りは「わからない/どちらともいえない」)。それぞれの回答者が、計画内容をどのように受け止めて選択したのかは分からないものの、反対の声が圧倒的に多い様子が窺える。



これは推測だが、被災地を「観光地」にすることに対して、感情的に違和を覚える人が多かったのかもしれない。「観光」(tourism, sightseeing)という言葉には、語誌的にもいろいろな含意があるものの、その一つとしてすぐ想起されるのは、娯楽や気晴らしのための旅行、レクリエーションとしての物見遊山であろう。そうした連想から、被災して苦しむ人々や復興作業に従事する人たちがいる場所を見世物にするつもりか、けしからんと感じる人がいたとしても、無理からぬことだとは思う。


その一方で、それでもやはり本書が提案する計画には、大きな意味があると思う。とりわけ、この計画全体の前提となっている人間観は重要だ。それは、先ほども引いた東氏による「福島第一原発観光地化計画とは」に明示されており、本書全体にも通底している。

人間は忘れやすい動物であり、また驚くほど軽薄な存在でもある。



私たちがそういう存在だとして、なおも福島第一原発事故の記憶を持続的に継承するためにはどうしたらよいか。これが本書で取り組まれている問題の核心なのである。


同計画で、資料館(アーカイヴセンター)やモニュメントをつくるだけにとどまらず、敢えて観光地化を打ち出しているのは、こうした人間観が根底にあるからだ。動機はなんであれ、まずはその地に足を運びたくなるように、人びとの欲望を活用しようというわけである。物見遊山や消費が目的でもよい、欲望を喚起して、人がそれを目当てに現地を訪れるという行動につなぎ、結果的に問題を手渡すこと。これは非常に重要な考え方であり、有効だと思う。


なにしろ、自由に使える時間やお金の(多寡はともかく)使い道に限ってみても、いまや人びとには無数の選択肢がある(スマートフォンの画面に並ぶアプリアイコンもそうした選択肢の一部だ)。そうした条件下で、人びとの資源や注意の一部を福島第一原発に向けさせるにはどうしたらよいか。これはちょうど、各種商品を企画開発している人びとが、日々取り組んでいる問題でもある。欲望にどうやって訴えかけ、行動に誘うか。


観光地化とは、一見すると搦め手に見えるかもしれない。しかし、資料を整理して提示するだけでは足りない。人びとの理性や良心に期待したり訴えるだけでは足りない。これが同書の根幹にあるメッセージである。こうした前提に立ってみた場合、観光地化は一つの正攻法であると思う。


このように捉えた場合、同観光地化計画の検討では、次の三つのことが大きなポイントになる。

1) 前提:東京電力福島第一原発事故の記録と記憶を整理・継承する必要はあるか否か。
2) 手段:1を実現するとしたら、どのような手があるか。
3) 内容:この計画内容で、人びとの来訪を促し、持続させられるかどうか。


1を「必要なし」と考える人にとっては、観光地化以前の問題ということになるだろう。「必要あり」と考える場合、ではどのように実現するかという手段、2が検討課題となる。そこで、どのような人間本性を仮定するかということが大きく関わってくる。また、観光地化という手法ではダメであろうと考える場合、それでは「忘れっぽく軽薄な人間」を前提として、どのような代案を出せるかを問われることになる(その人間観自体を否定するという可能性も考えられるが、それこそ楽観的過ぎるというものではないか)。3は、観光地化計画の内容が十分かどうかという検討である。つまり、この内容を実現することで、立案者たちが目指しているように、人びとを誘うことに成功できそうかという問題である。


本書には、外部の人びとに行ったインタヴューもいくつか掲載されている。上記に関わる指摘を見てみよう。



福島原発の作業員たちの声を伝える原発アウトロー青春白書』ミリオン出版、2012/02、ISBN:481302176X)などの著書もある久田将義氏は、本書に収録されたインタヴューで、こう語っている。

東さんたちなりの筋の通し方はよくかわる。ぼく個人も、福島第一原発の遺構を残し、アーカイブ化することは大切だと思います。けれど、観光という表現が適切なのか。その点はどうしても気にかかるのですね。地元民や作業員に理解が得られるのか。その努力を放棄しているようにも見える。

(同書、23ページ、久田将義氏へのインタビュー、久田氏の発言より)


これは2に関わることだ。また、別の見方をすれば、「観光」という言葉が従来担ってきた意味や惹起する印象がもたらす効果の問題でもある。この件に限らず或る企画を人に向けて説明する際、理解を促す参考として既存のものを引き合いに出すことがある。このとき、企画者が、比較検討に供したいと考えた範囲を超えて、受け取る側が引き合いに出されたものにまつわる意味や価値を見てとり、両者のあいだに齟齬が生じたりもする。言葉や概念は、その最たるものであろう。本書が提示する「観光」という言葉も、この問題を抱えている。



そして、本書を通じて考えさせられることの一つは、「観光」という言葉をどう捉え直せるか、あるいはより誤解の余地の少ない適切な言葉を編み出せるかということだ。本書の準備編であり姉妹編のチェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(genron、2013/07、ISBN:4907188013)は、まさに「観光(ツーリズム)」という言葉について再考を迫るものであった。こうした発想をいかに共有してゆけるか、あるいは、より共有しやすい概念を練り上げてゆくかということが、ここで指摘されている課題に対する一つの応答になるはずだ。


また、本書全体を編集した東浩紀氏が司会役となって、Jヴィレッジ再開発計画のマスタープランを担当した藤村龍至氏と建築家・建築批評家の八束はじめ氏との間で交わされた議論のなかで、八束氏はJヴィレッジのプランについて、次のように指摘している。ここでは二点を引用してみよう。


このJヴィレッジ再開発計画は、架空工程表というのはあるにせよ、じつにスタティックかつクラシックです。議論の出発点としてはいいと思います。けれども次を狙うのであれば、それがどう変容していくかという、プログラムを読み込んだオープンストラクチャにしていくべきではないか。

(同書、126ページ、八束はじめ氏インタビュー、八束氏の発言より)


この問いかけに対して藤村氏は、「問題を可視化し、論争を呼ぶためにあえて古い方法を取るべきだと考えました」と応じている。

動員の一形態としての観光には異議がありません。けれど、観光はやはり非日常的な動きでしかない。都市や社会を維持していくためには、もっと恒常的な動員装置が必要だと思います。(略)震災後の日本を考えるためには、ミクロでは復旧や鎮魂のための計画が必要だとしても、マクロではかなり強引で暴力的な提案をしていかなければならないのではないか。

(同書、130-131ページ、八束はじめ氏インタビュー、八束氏の発言より)


いずれもこのJヴィレッジ再開発を実現する上で重要な点だと思う。これは、先に整理した3区分でいう三つ目のポイントに関わる問題でもある。


つまり、仮にこの計画通りにJヴィレッジをつくり、運営を開始したとしたら、その後、この場所をどのように持続させ、変化させてゆくかということだ。博物館や美術館、あるいはテーマパークなどの運営にも通じる側面である。「人は忘れっぽく軽薄な存在だ」という人間観に付け加えて言えば、「人間は飽きっぽい存在」でもある。オープンストラクチャかどうかは別にしても、訪れるたびに新たな発見があるような変化の仕掛けが必要となるだろう。ここにはひょっとしたら、テーマパーク運営やゲームデザインのノウハウを活用できるかもしれない。ゲームデザインとは、言ってみれば、人の関心を或る仕組みに惹きつけて、繰り返しそのゲームの世界に訪れたくさせるための工夫でもあるから(誤解なきように言い添えると、Jヴィレッジをゲームにしろという話ではない)。


八束氏のもう一つの指摘も、おそらくこのことに関係してくる。つまり、観光という一時的、非日常的な動きに加えて、継続的、半日常的な関心や行動を生じさせるためには、どういう工夫がありうるか。別の言い方をすれば、日々無数の文字や映像に触れる人びとの注意と記憶に対して、いかに割り込めるかという問題でもある。



そのためには、もっぱら次々と生じる日々の新しい出来事(ニュース)を追いかける従来のメディアとは別に、スマートフォンなどの端末を通じて利用できるアプリケーションを活用することも考えられる。現在、人びとが、ちょっとした時間にSNSにアクセスしたり、『パズドラ』を起動するように、持続的・自発的に利用したくなるようなソフトウェアとサーヴィスをつくるわけである。目下の技術環境において、人びとの意識や記憶に一定の位置を占めようと思えば、これを活用しない手はないと思う。これは、私たちの記憶(の一部)をいかにデザインするかという、教育や社会生活にもつながる大きなテーマでもある。


以上、まことに雑駁ながら、本書全体を通読してみて「ここがキモや」(©森毅)と感じた点について述べてみた。一言でいえば、観光地化はありだと思う。さらなる具体化のために引き続き検討すべきことがあるとしたら、今回提示されている内容で、人びとの欲望が喚起されるかどうか(動員できるかどうか、行ってみたいと思えるかどうか)という点ではないだろうか。本書を読むあいだ、自分はどうかと自問してみた。率直に言えば、目下のところ、この計画に示されている内容を見て、「ぜひこの観光地を訪れてみたい」とまでは、気持ちをそそられていない。現地の状況やアーカイヴには関心があるとしても、リゾートやショッピングモールに興味が薄いからかもしれない。もちろん、実現した暁にはぜひとも訪れてみたいと感じる読者もいるだろう。


それでは、自分はどうなっていたら、そういう気持ちになるのか。本書を読んで以来、そのことを考えさせられている。とはいえ、そう簡単にアイディアが出てくるわけもなく、かえって福島第一原発観光地化計画の創意を前にして、よくここまで多角的な内容をまとめあげたものだと感嘆するばかりだ。ともあれ、本書を通じて、そのように問題を手渡されたことは間違いない。


最後に改めて言えば、本書は、過去の出来事をただ憂え、現状を嘆くのではなく、現在を見据えながら、よりより未来を切り拓いてゆくために必要な発想と行動を構想してゆこうとする、未来と希望をデザインするための書物である。このような構想には、現実の認識や測定だけではなく、いまここではない環境や生態を想像する力が必要とされる。現実を見据える思想家であると同時に、虚構の世界を幻視する創作家でもある東浩紀氏であればこそ、さまざまな技能や知識を持った人びとの力を、このような形につくりあげることができたのではないか。その手腕と費やされたはずの一方ならぬ労力に敬意を表したい。


■目次

福島第一原発観光地化計画ダイジェスト
10の質問
Yahoo!JAPAN5万人の選択
福島第一原発観光地化計画とは 東浩紀
福島第一原発観光地化計画は「正しい」のか 久田将義津田大介東浩紀
基礎情報


01 制度をつくる
被災地ツアーの現在1 富岡町へ行く 東浩紀+編集部
ふくしまの声1 現実をガイドする 藤田大
被災地ツアーの現在2 浪江町へ行く 東浩紀+編集部
ふくしまの声2 被災地を見たら責任が生じるのです 石田全史
被災地ツアーの現在3 南相馬市へ行く 東浩紀+編集部


視点1 ツアーとしての福島第一原発取材 助田徹臣
視点2 チェルノブイリ観光地化の歴史 上田洋子


提言1 ガイドを育てる 井出明
提言2 食を整える 開沼博
専門家の声1 安全な農産物は作ることができる 小山良太
提言3 記憶を伝える 渡邊英徳
専門家の声2 経験を疑似共有する 藤井直敬


観光地化のこれから 開沼博


フクシマを撮る 新津保建秀


02 導線をつくる
被災地へ道をつくる 東浩紀
計画ベース1 常磐線を災害文明圏の枢軸にする 藤村龍至


提言4 東京にハザードセンターを! 井出明
提言5 Jヴィレッジで復興博を! 藤村龍至
提言6 福島を災害教育の聖地に! 駒崎弘樹


視点3 この25年をどう設計するか 藤村龍至
特別インタビュー1 国際都市東京ができること 猪瀬直樹
ふくしまの声3 災害復興農業館をつくろう 藤田浩志


被災地に拠点をつくる 津田大介東浩紀


03 欲望をつくる
新しい「フクシマ」をつくる 東浩紀
構想1 サイトゼロ 福島第一原発観光地化計画研究会
専門家の声3 25年後も残る負の遺産 田坂広志
専門家の声4 石棺にして未来に託す 佐藤暁
視点4 放射線量から見た2036年の福島 小嶋裕一


構想2 ふくしまゲートヴィレッジ 福島第一原発観光地化計画研究会
計画ベース2 未来に開かれた「門の村」をつくる 藤村龍至
門の村01 ツナミの塔 梅沢和木
門の村02 福島第一原発事故博物館 井出明
門の村03 地方自治課題解決センター 津田大介
門の村04 リカバリービーチドーム 速水健朗
門の村05 カーブのアプローチ 藤村龍至
門の村06 ネオお祭り広場 梅沢和木
門の村07 東北復興大学院大学 開沼博
門の村08 ホテルとショッピングモール 速水健朗
門の村09 日本科学未来館分館 清水亮
門の村10 常磐線新地下駅 藤村龍至
門の村11 農泊村 開沼博
門の村12 南相馬IT特区 清水亮
視点5 観光面から見た2036年の東北経済 庄子真岐


福島に動員は必要か 八束はじめ+藤村龍至東浩紀
ふくしまゲートヴィレッジをめぐる4つの断章 藤村龍至
福島にスペースポートを! 堀江貴文八谷和彦
原発稼働状況図2011/2036


補遺
福島からチェルノブイリへ 上田洋子+開沼博
ダークツーリズムから考える 井出明
ダークツーリズムを読む 井出明
福島復興計画資料集 五十嵐太郎東北大学五十嵐研究室
福島第一原発観光地化計画の1年 徳久倫康
ふくしまの声4 観光地化計画がもたらす未来 但野謙介
ふくしまの声5 ふくしまを「自分のこと」にするために 日塔マキ
特別インタビュー2 地域復興からは逃げない 石崎芳行
特別インタビュー3 出会いがうねりをつくる ハッピー+サニー


旅の終わりに 東浩紀
福島第一原発観光地化計画研究会委員・オブザーバー一覧


■書誌


書名:福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2
編集人:東浩紀
発行:2013/11/20
版元:株式会社ゲンロン
定価:1900円+税
頁数:191


■リンク


⇒genron
 http://genron.co.jp/


⇒作品メモランダム > 日本保健物理学会「暮らしの放射線Q&A 活動委員会」著『専門家が答える 暮らしの放射線Q&A』(朝日出版社
 http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20130703