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回顧と展望

work


例によって書いている当人以外には、ほとんど意味のないことではありますが、覚え書きがてら、2013年の回顧と2014年の展望について述べてみます。


2013年は、数年越しで抱えていた仕事を片付けられた年でした。



大きな宿題の一つは、ケイティ・サレンとエリック・ジマーマンによるゲームデザインの教科書ルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎』(上下巻、ソフトバンク クリエイティブ、2011-2013)の下巻でした。遊んで面白いゲームを作るには、どのように考えたらよいか、どんな観点があるかという問題を、さまざまな角度から突き詰めた得難い本です。


同書については、そうはいっても分厚く、読み解き難いという声も耳にしております。この本は、ただ読み流してなんとかなるものではなく、読者にも、いかに読み、考え、活用するかという手腕、読書の方法を問いかける性質の書物だと思います。機会があれば、そこに書かれた内容を換骨奪胎しつつ、ゲームデザインの実践に応用するための手がかりについて、なにか考えてみたいと念じております。


また、2013年は、二つの連載を完結しました。



一つは、季刊誌『考える人』(新潮社)での連載、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」(全10回)です。文章の内容のみならず、物質としての表現の仕方も視野に入れて、しかも従来、文芸を中心に論じられることの多い文体について、法律や科学や辞書などの文体も眺めてみるという趣旨のエッセイでした。まだまだ扱うべき題材は山ほどありますが、この全10回で一旦おしまいです。この連載は、単行本として新潮社から刊行の予定で作業を進めております。


もう一つ完結したのは、「三省堂ワードワイズ・ウェブ」で連載した「「百学連環」を読む」(全133回)です。明治の啓蒙知識人とも称される西周(1829-1897)が私塾で行った講義「百学連環」の記録を、ただひたすら逐行読解してゆくという内容でした。「哲学」や「演繹」「帰納」といった、現在も学術方面で使われている言葉を翻訳造語したことでも知られる西が、西洋の学術全般を眺めわたしてみようという、いま考えてもかなり野心的な試みであります。連載では、その講義録のうち、冒頭に置かれた「総論」を足かけ3年で読んでみたのでした。この連載も、まとめて読める形を目指して作業中です。


もう少し大きな文脈で言えば、「「百学連環」を読む」は、ここしばらく「新たなる百学連環」と称して(ゆるゆると)進めている学術史に関するプロジェクトの一環でもあります。過去五千年くらいの世界の学術史の流れを一望できる「百学連環図」とそれを解説する文章、そして読者が自分であれこれ触りながら見ることができるソフトウェアをこしらえようと念じつつ、ゆっくり作業を進めております。などと言っている間にも、コンピュータ関連の各種ツールもどんどん増えて、ソフト制作の手間もだいぶ減りつつあります。そろそろプロトタイプをこしらえたいものです。



このプロジェクトにも間接的に関わることで言えば、前述の『考える人』夏号「特集=数学は美しいか」のために書き、聴き、訳した、数学をめぐるいくつかの文章は、数学とその歴史について、自分なりに頭を整理するよい機会となりました。


数学は、諸学術のなかでも相当古い歴史をもつものの一つであり、また、しばしば理系の学問であると見なされているのとは裏腹に、言語に深く関わる分野でもあります。そもそも「数学」と訳されてはいるものの、これは原語が持っていた意味を狭め、人の思い込みを助長する憾みもあるものでした。「百学連環図」の観点からいえば、文学(ここでは文に関する学、文による芸の双方を含みます)と数学は、言語という全学術に不可欠の道具の二つの側面という見立てになります。


それはさておき、上記特集のインタヴューのために、以前から著作や活動に触れて敬意を抱いていた伊東俊太郎先生、円城塔さん、三宅陽一郎さんから直にお話を伺えたのも嬉しくありがたいことでした。



青土社ユリイカ誌からは、今年鬼籍に入った山口昌男(1931-2013)の全著作を再検討する機会をいただきました。


白川静(『ユリイカ』2010年1月号)、梅棹忠夫(『考える人』2011年夏号)、寺田寅彦(『KAWADE道の手帖 寺田寅彦』、河出書房新社、2011)と、そのつど投げかけていただいたテーマに合わせてその人物の仕事の全体に触れるということをしてきましたが、これからもできる限り、そのようなスタイルの検討を続けて参りたいと念じております。いえ、単純に楽しいので。



文筆方面では、執筆・編集でお手伝いさせていただいた日本保健物理学会「暮らしの放射線Q&A活動委員会」『暮らしの放射線Q&A』朝日出版社)が刊行されたことも大きな一区切りとなりました。


放射線が人体にどのような影響をもたらすかという問題について、科学的な専門知に基づき、必ずしもそうした知識を持たない読者にも理解できるように、さりとてお茶を濁すことなくと、さまざまな配慮を施されてできた書物です。同書を企画・編集した赤井茂樹さんの編集による、田崎晴明『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』朝日出版社、2012/09、ISBN:4255006768)や中川惠一放射線のものさし 続 放射線のひみつ』朝日出版社、2012/10、ISBN:4255006830)とともにご覧いただければ幸いです。


講義関連では、日本女子大学「情報社会論」という講義を半期担当させていただきました。「情報」とはよく分からない言葉だというところから出発して、語誌やさまざまな領域での使われ方を検討するという講義です。遠藤知巳先生が人を探しておいでのところに、加島卓さんが山本の名前を提案して、お声かけいただいた結果の実現でした。人の縁とは、どこでどうつながるか分からないものであるという当たり前と言えば当たり前のことを、しみじみと噛みしめる出来事でもありました。


また、東京ネットウエイブでは、従来の専門課程に加えて、高校課程でもゲームデザインの講義を担当しました。知識や経験の多寡もさることながら、それよりなにより「ゲームをつくりたい」という気持ちをどのくらい強く持っているか/いないかということこそが重要であると再確認した1年です。その点で、講義に参加してゲーム制作に取り組んでいる高校生たちは、非常に大きな熱意をもって取り組んでおり頼もしい限りです。


藤本徹さんの企画で開催された二つの講義、「社会のモンダイを遊びに変えるゲームデザインの考え方」「「意味ある遊び」を生み出すルールとデザイン――『ルールズ・オブ・プレイ』で学ぶデザインの発想と方法」では、ゲーム開発者や学生だけでなく、いろいろな分野の企業や機関にお勤めの聴講者が多く、ゲームに対する関心のあり方が大きく変わってきた印象を持ちました。人前で話すのは苦手だといいながら、面白そうな企画を見せられると、つい出ていってしまうのをなんとかしたいと思います。



さて、2014年は何冊かの書物を無事に刊行することが当面の目標です。いずれも作業を進めている最中で刊行の具体的な時期は未定であります。


・マリー・セットガスト『プラトン、プレヒストリアン』(吉川浩満と共訳、朝日出版社
・『文体百般』(新潮社)
・『夏目漱石『文学論』を読む』(水声社
・『「百学連環」を読む』(三省堂
・『哲学の劇場』(吉川浩満と共著、筑摩書房)
(書名は、いずれも仮のものです)



これまで書いた単著2冊は、デバッグではじめるCプログラミング』翔泳社、2008、ISBN:4798114197)、『コンピュータのひみつ』朝日出版社、2010、ISBN:4255005443)と、コンピュータに関わるものでした。


続く3冊は、どちらかというと文系方面で、「文体」「文学」「学術」をテーマにしています。テーマはなんであれ、基本的には自分にとってよく分からず、ぜひとも理解してみたいと思うことについて、愚直に調べ、考え、整理してみるというスタイルが共通点と言えましょうか。同じようにしてよく分かっていない「批評」や「思想」その他についても、引き続き考えてみたいなあと思っております。



2014年は、朝日出版社の赤井茂樹さんからお声かけいただいて、相棒の吉川浩満君とともに最初の著作『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(2004/06、ISBN:4255002770)を刊行してから10年となります。だからどうしたってなものですが、同じ2004年に『心脳問題』と平行して取り組んでいた戦国無双PlayStation2)日本版と海外版の開発を最後に10年間勤めた光栄/コーエーを辞めてから、よもや文筆の世界で10年も仕事を続けることになるとは夢にも思っていませんでした(無計画人生)。


ものを考え書く機会と場所、ならびに(たいていは)ちょっと無茶振りのテーマを与えてくださった編集者のみなさんと、拙文をお読みいただいた読者のみなさんに、心より感謝を申しあげたいと思います。ありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。