文學のフィジカとメタフィジカ


三枝博音『文學のフィジカとメタフィジカ』(河出書房、1938/03)


「文学」の捉え方について、昭和初期の事例の一つとして。

 文學ほど自然に近くて又自然から遠いものはない。科學だつたらどちらかといへば自然に近い。宗教だつたらどちらかといへば自然から遠い。しかし、文學は自然に近くて同時にまた遠い。文學であつて、自然の純さと美しさをうたはないものはないであらう。文學であつて、人間の醇さと美しさを物語らないものはないであらう。ところで、自然から遠いもので人間に如くものはない。文學の中には、かやうな自然と人間とが、一つに氣息づいている。


 私は文學のうちで自然に近いものをフィジカと呼び、自然から遠いものをメタフィジカと呼んだのである。

(同書、「序」より)


 文学作品が、(架空のものであれ、ある)世界で生じる出来事を描いているのだとすれば、そこには自然物もあれば、人間が脳裏で考えるようなものもあるわけだ。ここに漱石先生が『文学論』で提出している見立てを重ねるのであれば、自然にしろ人間にしろ、なにが描かれるにせよ、いずれにしても描かれるものは、すべて人間の認識とそこから催される情緒といういわばフィルタを通って言葉に写されたものだ、ということになる。


 本書には「文學の本質について」といった表題の文章も収められており、三枝博音がこれをどう見ていたのか確認してみたい。


■目次


一 文學のフィジカとメタフィジカ(文學の現實I)
フィジカとメタフィジカ
評論の將來と方向
世界文化と日本文化
戰争と必然と文學
戰争と世界觀
わが評論の動向


二 日本の文學(文學の現實II)
感覺の反逆
思想に於けるノアの洪水
和歌に於ける知性の民族性
日本畫家は自然に何を加へたか
俳句の禪及茶道からの距離
日本文學に於ける作品構成上の弱さ
梅園と鴎外


三 文學と構想力(文學の本質)
機械と構想力
構想力の或る理論
ほけけうの幻想
形像に描く力
文學の本質について
誌と非詩の限界
二つの文學


四 文學の諸問題
小説と映畫的形像
科學と文學の軋轢
藝術に於ける知の分析
永遠の學府
難讀小説と難讀哲学書
思想の移植と民族性
技術學のグレンツゲビイト
必然觀にからまる恣想
文化の自律性