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知のOS

パソコンを新しくして、仕事に必要なソフトなどを順次インストールしている。ついでのことと、無線ルータなども新調すると、通信速度がぐんとあがる(いままで使っていたルータが古かったわけだが)。こんな時、技術の進展ってスゴイなと感じる(そしてすぐその状態に慣れて驚かなくなってしまう)。

ここのところ喫緊の課題は、合計で10テラバイトほどの各種データの山を、どう整理するかである。このデータは、申すまでもなく、時間とともに増えてゆく。

中でも厄介なのは、電子化した本のファイル*1の扱いだ。1冊の本のデータを、複数の端末で、そのつどコピーしたり、メモを書き込んだり、ページを編集したりすると、あっという間にどれがどれだか分からなくなってしまう。もっとも、同名ファイルが複数ある場合、それらの差分を検出して統合するような仕組みを使えばよいわけだが……

それはともかく、これらの各種データを有効に取り扱う仕組みが欲しいのだけれど、なかなか用途に合う既成のプログラムと遭遇できない。そのつど検索して、用のあるデータを探り当てればいいじゃない、という方法ももちろん便利なのだけれど、私としては、部屋の書架に手を入れるようにして、コンピュータ内に記憶の場をつくりたいのである。そのためには、目下のOSがファイルに与えている属性では、ちょっと足りなくて、いくらか工夫する必要もある。

――といったことを、時々思いついてはノートにメモしいしい、「知のOS」なるものを構想しているところ。現在のOSは、開発の経緯からして当然のことながら、データの取り扱いを目標としてつくられている。データの取り扱いについては、結構便利になってきた。私としては、そのデータの取り扱いの上に、知の取り扱いという操作をしたいわけである。これは、記憶をどうデザイン(設計)できるか、という関心事でもある。

目下とりくみ中のいくつかの仕事に目処がついたら、本格的にプログラムしたいと念じているのだけれど、ここのところ目の前の仕事の山が減らない状態にある。

*1:ファイルを自分で好きなようにしたいという理由で、もっぱら紙の本を自分で電子化している。失われたり、後で読めなくなってもいいと思う本は電子書籍で購入することも。