読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コール&レスポンス

*2015/03/13追記:1月4日以降メディアに公開された書評について追記しました。



2014年11月末に刊行した『文体の科学』(新潮社、ISBN:4103367717)について、各種メディアで取り上げていただいております。ありがとうございます。同書に書いたことにも重なりますが、誰かが人生の有限かつ貴重な時間を使って自分の本を読んで文章まで書いてくださることが、どれほどありがたいことか、身に沁みます。


いただいたコメントから一部を抜粋引用してご紹介したいと思います。そんな方がいるかどうか分かりませんが、書名からではどんな本かよう分からんとか、読もうか読むまいか迷っているという場合など、参考にしていただければ幸いです。ウェブで公開されている文章については、リンクも示します。


★安田登さん「身体が変容する読書体験」(『波』2014年12月号、新潮社)
 http://www.shincho-live.jp/ebook/nami/2014/12/201412_16.php

「文体」というものを、どうも甘く見ていたようだ。よほどのマニアでもない限り文体なんてものに興味を抱くことはない。文体なんて云々しているヒマがあったら一冊でも多くの小説を読んだ方がいい。そう思っている読者に一喝を与え、目から鱗をぼろぼろ落とすのが本書である。
 かっこいい文章を書かんがために本書を読む人はちょっとがっかりするかも知れない。しかし、本を読む人、それも「練達な読書人というには自分はちょっとなぁ」と思っている人が読むとこの上なく楽しいし、なんと役にも立つ。文体の本なのにプラクティカルなのだ。ちょっとびっくりだ。
 いや、いや。プラクティカルどころか本書を読んだあとでは世界の見方や、あるいは生き方までも変わってしまう人もいるだろう。これ、大げさではなくて本当なんです。


★池谷裕二さん(「本よみうり堂」ビタミンBook、読売新聞、2014/12/14)

興味深い本を読みました。『文体の科学』(山本貴光著、新潮社)です。ここでいう文体とは、表現技巧だけでなく、活字の形や大きさ、文章の配置、組版、装丁、それに読者という制約的な枠組みも含まれます。狭い視野を反省しました。文体は時空や記憶といった神経生理的な基盤の上に成立しまう。そうした制約の中で、作家も評論家も科学者も、読者を想定しながら、誠心誠意「書く」わけです。


★仲俣暁生さん(マガジン航「あらたな時代の本のスタイルを求めて」、2014/12/31)
 http://www.dotbook.jp/magazine-k/2014/12/31/new_style_for_new_books/

最近読んだ、二つの本の話題です。ひとつはボイジャーから紙の本と電子書籍として同時に刊行されたクレイグ・モド氏の『ぼくらの時代の本』、もうひとつは新潮社から刊行された山本貴光氏の『文体の科学』。どちらからも、きわめて新鮮な刺激を受けました。大げさではなく、この二冊には「本の未来」を考えるためのたくさんの鍵が隠されている――そう思える理由を、今年を締めくくるにあたり、つらつらと書いてみることにします。


★日経新聞書評欄(2015/01/04)

ゲーム作家でライターの著者が、文体の意義や媒体との関係、さらには「対話」「科学」「批評」などにおける文体の仕組みや魅力に迫る。(中略)各文体の具体的な考察も読みごたえがある。江戸幕府との断絶を強調する意図もあったという大日本帝国憲法のカタカナ交じりの文。言葉の取捨選択のダイナミズムが背景にある小説『吾輩は猫である』。文章の形式が読者に伝えるものは、時に内容そのものより冗舌であることが実感できる。


★BOOK STAND「文体に注目することで見えてくるものとは?」(2015/01/04)
 http://bookstand.webdoku.jp/news/2015/01/04/160000.html

ただ単に文章の内容だけを読み取るのではなく、その文体に意識的になってみることで見えてくるもの。そこには意外な発見があるかもしれません。


★湯山光俊さん「一つの生物として文体を獲得する「文体発生論」」(『週刊読書人』第3074号、2015年01月23日)
 http://dokushojin.shop-pro.jp/?pid=86003494

『文体の科学』は、この〔作家による文章読本の系譜という〕歴史から作家の自己愛的な要素を取り除き新しい立ち位置から描かれた文章読本である。(略)山本はこうした「読み手=書き手」というものを審美的なものから引き剥がし、もっと生物学的な指標となる「読み手=書き手」を想定することになる。(略)またゲーテの生物形態学のように山本は文字の意匠から段組や傍注まで、器官の腑分けに等しく解剖していく。読む時見る時、文字はどのように働いているのか機能と形態の関係を科学的に対応させた。


★『佐賀新聞』(2015年01月25日)
 書評本文を拝見できておりませんが、共同通信による書評が掲載されたようです。


★徳永圭子さん(丸善博多店)「書店員の折り紙つき 絶対に損をしない「この一冊」」(『週刊新潮』2015年02月12日号、新潮社)

言葉の断片が記憶の鍵になるならば、その鍵によって開かれる内なる世界は、限りあるものを削ってまでも滋味あるものにしたい。読み終えてからもそんな知への欲求や興奮の収まらない、問題提起が溢れる一冊でした。


★野間健司さん(紀伊國屋じんぶん大賞2015――読者と選ぶ人文書ベスト30)
 https://www.kinokuniya.co.jp/c/20150205120049.html

従来の修辞学や文体論を超えて、ジャンルを横断して、ことばの配置としての「文体百般」に挑む、愉しき人文知のパノラマ。限られた時空間の中で読み書く行為をつなぐ文体は、電子環境でも意識したい文章の身体性を喚起する。本書は文体の科学の「出発点」とのことだが、先哲も最新科学も自在に呼び出す著者のおそろしいまでの文献博捜ぶりが随所に光る本書の、この凝縮された小宇宙をまずは味わい尽くしたい。

 19位に入れていただきました。


★佐倉統さん(『朝日新聞』、2015年03月01日)
 http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2015030100007.html

文章のスタイルだけでなく、媒体である書物や携帯端末の形とか、そこに配置されている文章のレイアウトなども考察の対象にしていて、目を引く。文章についての文体論と、テキスト・レイアウトについてのデザイン論とを融合しようという、果敢で華麗なる挑戦。


なお、リブロ池袋本店の1階カルトグラフィア・コーナーのブックフェア「文体――《組み合わせ》の宇宙で遊ぶ」も開催中です。途中で本が追加されており、書棚も変化しております(配布中の小冊子にも追加あり)。こんな機会でもなければ、普段あまり一堂に会すことのない書物たちが「よき隣人」として並んでおります。お楽しみいただければ幸いです。(終了しました)


また、もう少ししたらお知らせする予定ですが、関連イヴェントも予定されております。


■関連リンク


⇒作品メモランダム > 『文体の科学』刊行予定
 http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20141127