山田俊弘『ジオコスモスの変容――デカルトからライプニッツまでの地球論』

山田俊弘『ジオコスモスの変容――デカルトからライプニッツまでの地球論』(ヒロ・ヒライ編集、bibliotheca hermetica、勁草書房、2017/02)

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自然科学の知に触れるたび、思うことがあります。

もし、誰かがこの知を提示して、実験や観察で確認しておいてくれなかったら、さて私は自力でどこまでそうした知に迫れただろうか、迫れなかっただろうか、と。

例えば、太陽とはなにか。地球と太陽はどちらがどちらを回っているのか。なぜ汐は満ち引きするのか……。

いまなら小中学校で習いそうな知識も、ゼロから自力で辿り着こうと思ったら、とうていおぼつかない気がしてきます。ましてや量子力学や遺伝子生物学などは。

地球とはいったいぜんたいなんなのか。どのような過程を経て、いまあるようなものになったのか。

これもまた、そうした素朴でありながら、誰かに教えてもらわなかったら、とても自分では解明できそうもない問題です。

 

――と、こんなふうに思うと、俄然気になってきます。

いつ、誰が、どんなふうにして、いま私たちが知識として受け取っている地球像を提示したのか。そこに至るまでにあいだ、どんな試行錯誤や論争があったのか。つまり、地球像についての知の恩人は誰なのか。

こういうときは思想史(history of ideas)の出番です。

人が世界や人間をはじめ、さまざまなものを説明するために、どのような発想をして、どのような概念で捉えてきたのか。それはいかに変遷して今に至るのか。なにかについて人間がどのように考えてきたかの歴史を追跡して、見失われた知の轍を浮かび上がらせるのが思想史の仕事。

先ほど述べたような問いにとりつかれた人にとって、こんなに面白いものはありません。
(だから思想史の本を見つけたら手に入れて書棚に置いておきましょう)

ヒロ・ヒライさんが監修するbibliotheca hermetica叢書(勁草書房)は、そんな知の歴史、インテレクチュアル・ヒストリーの楽しさを教えてくれるシリーズで、既にファンも多いと思います。ヒロ・ヒライさんは1999年という早い時期からインターネット上で「Bibliotheca Hermetica」(BH)というウェブサイトも運営してきた、知る人ぞ知るルネッサンス思想史の専門家。私も当時からずっとサイトやご著書を拝読してたくさんのこと、なにより思想史、インテレクチュアル・ヒストリーの楽しさを教えられてきました。

同叢書でこれまで刊行されたのは次の3冊です。

・榎本恵美子『天才カルダーノの肖像――ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈』
・菊池原洋平『パラケルススと魔術的ルネサンス』
・A・グラフトン『テクストの擁護者たち――近代ヨーロッパにおける人文学の誕生』(福西亮輔訳)

このたびここに4冊目が加わりました。それが冒頭に書影を掲げたこの本です。

・山田俊弘『ジオコスモスの変容――デカルトからライプニッツまでの地球論』

山田俊弘さんには、本書で重要な役割を果たすニコラウス・ステノ『プロドロムス――個体論』(東海大学出版会、2004)の翻訳もあります。

本書は、主に17世紀のヨーロッパ、後に「科学革命」と呼ばれることになる知の大きな変動が生じた時代に、当時の知識人たちが地球をどのように見ていたか、論じ合ったかを追跡しています。

誰も正しい答えを知らない問いに向かって、人びとが仮説を出し合い、丁々発止の議論を交える様子は、対象が地球と、スケールが大きく、具体的なこともあって、門外漢の私たちでもおおいに楽しめること請け合いです。

もちろん本に唯一正しい読み方などはないけれど、おすすめの楽しみ方をお示ししたいと思います。

1. まず本書を買ってきます。

2. 読み始める前に紙と筆記具を用意します。

3. いま自分が持っている知識で地球の構造と歴史を描きます。分からないところは想像で。

4. その紙をなくさないようにしまいます(本の後ろのほうに挟んでおくとよいでしょう)。

5. さあ、本書を読みましょう。

 

ページを開くと、こんな目次が目に入ってきます。お楽しみあれ。

bibliotheca hermetica叢書の発刊によせて(ヒロ・ヒライ)

 

プロローグ――科学革命の時代の地球観
1. 地球をめぐる学問
2. 従来の研究と本書のアプローチ
3. ステノの生涯

第一章 ルネサンスのジオコスモス
1. ジオコスモスはどのように描かれたか
2. アグリコラの鉱山学と地球論
3. 自然誌、鉱物誌、そして博物館
4. コスモグラフィアとゲオグラフィア

第二章 デカルトと機械論的な地球像
1. デカルトの地球論
2. デカルトの地球論の背景と問題
3. ガッサンディの地球論
4. ステノにおけるデカルトとガッサンディ

第三章 キルヒャーの磁気と地下の世界
1. キルヒャーのイタリア体験――碩学が生まれるまで
2. 地球論としての『マグネス』
3. 『マグネス』から『地下世界』へ
4. ジオコスモスをめぐるキルヒャーとステノ

第四章 ウァレニウスの新しい地理学
1. ウァレニウスの生涯と著作
2. ウァレニウスの『一般地理学』
3. 新科学の影響とデカルト批判
4. ウァレニウスとステノ

第五章 フックの地球観と地震論
1. フックの地球論とその背景――鉱物コレクション
2. 『ミクログラフィア』と地球論
3. フックの地震論――一六六八年の論説を中心に
4. フックとステノ――自然誌と地球の年代学

第六章 ステノによる地球像とその背景
1. 『温泉について』
2. 『サメの頭部の解剖』
3. 『プロドロムス』
4. ジオコスモスの変容と新しい地球論の意味

第七章 スピノザとステノ――聖書の歴史と地球の歴史
1. 聖書解釈の問題
2. スピノザとステノの邂逅
3. 『プロドロムス』と『神学・政治論』
4. 聖書と地球についての歴史学

第八章 ライプニッツと地球の起源
1. ライプニッツの地下世界への関心
2. 『プロトガイア』と原始地球
3. ステノからライプニッツへ――両者の交流の背景
4. 歴史の総合を企てるライプニッツ

エピローグ

あとがき
初出一覧
図版一覧
文献一覧
人名索引

ヒロ・ヒライさんの活動に興味がわいてきた向きは、先にご紹介したウェブサイトの他、

★平井浩編『ミクロコスモス――初期近代精神史研究』第1集(月曜社、2010/02)

★ヒロ・ヒライ/小澤実編『知のミクロコスモス――中世・ルネサンスのインテレクチュアル・ヒストリー』(中央公論新社、2014/03)

 などもご覧になるとよいでしょう。

『ミクロコスモス』は品切中ですが、月曜社のサイトには「重版準備中」と書かれています。同書には、山田俊弘さんの「ニコラウス・ステノ、その生涯の素描――新哲学、バロック宮廷、宗教的危機」という論考も載っています(今回ご紹介した『ジオコスモスの変容』に組み込まれています)。

さらにその奥へ、という向きはヒロ・ヒライさんの著作や論文Kindleで刊行されている作品を追跡するのも手です。

 

錬金術の歴史研究のためのサイト bibliotheca hermetica

勁草書房:Bibliotheca Hermetica

  

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)

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天才カルダーノの肖像: ルネサンスの自叙伝、占星術、夢解釈 (bibliotheca hermetica 叢書)

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パラケルススと魔術的ルネサンス (bibliotheca hermetica 叢書)

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テクストの擁護者たち: 近代ヨーロッパにおける人文学の誕生 (bibliotheca hermetica 叢書)

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ボッティチェリ《プリマヴェラ》の謎: ルネサンスの芸術と知のコスモス、そしてタロット

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ミクロコスモス 初期近代精神史研究 第1集

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