趣味嗜好を映画に教えられる――あるいはなぜトーストにバターを塗る音はあんなにも心地よいのか

ザリッ、ザリッ、ザリッ……

劇場の暗がりでスクリーンを見つめながら、私は自分が好きなものをひとつ教えてもらっていることに気づいた。

ああ、これ、これ。

007ものだったかジョン・ル・カレが原作のスパイものだったか失念したけれど、MI6かどこかの執務室でスーツ姿の男が、手の大きさに比べると少し小さめに見えるカリカリに焼いたトーストにバターを塗っている。

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(STILLS FROM MY FILM COLLECTION、http://myfilmcollection.tumblr.com/image/32891193578kからリンク)

 

バターナイフがトーストの表面に触れて立てる音の心地よさに、我を忘れそうになった。

いわゆるASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)と言おうか、ずっとこの音だけを聴いていたいと思った。

 

わたしは、焼いたパンにバターを塗って、はちみつをたらしていただくのがたいそう好きだ。子どもの頃、母がときどきつくってくれて、世の中にはこんなにおいしいものがあるのかと思っていた。

大人になってよかったと思うことの一つは、はちみつバタートーストを好きなときに食べられることだったりする。

いまも散歩を終えた昼下がりのおやつにと、よく焼いたトーストの表面をバターナイフでザリザリ言わせている。至福である。

 

*後で調べたら、トーマス・アルフレッドソン監督『裏切りのサーカス』(Tinker Tailor Soldier Spy、2011)の一場面であることが分かった。その場面に言及しているブログの記事があった。この映画、ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ、ジョン・ハートをはじめ、好みの俳優が勢揃いしていることもあって忘れがたいのだった。とは余談に余談だけれども。