上院外交委員会委員長ボブ・コーカー議員が、インタヴューで、大統領は「真実がとても苦手」だと述べたというニュースを目にする。
「真実がとても苦手」とはまた面白い表現。私はこの言葉の組み合わせをはじめて目にしたような気がした。
原語ではなんと言っているのだろうと動画を観ると、
The President has great difficulty with the truth.
とのこと。
「真実について大きな困難を抱えている」というわけね。
大統領は措くとして、私たちは必ずしも真実が得意ではないともいえる。
例えば、誰しもが物理学的な真実について得意であるわけではないように。
(などといえば、真実とはなにかという議論も持ち上がってくるのだけれど)
近年の認知心理学の研究によれば、人間にはさまざまな認知バイアスがあって、ある条件のもとでは系統的に判断を誤るということも指摘されてきた。
この件については、例えばダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー――あなたの意思はどのように決まるか?』(村井章子訳、ハヤカワ文庫)は、さまざまな実験結果を並べて、認知バイアスという現象の面白さを教えてくれる好著だった。
他方で、それではこの認知バイアスも含めて、私たちはいかにしてそれでもなお合理的な意思決定をなしうるのか、認知バイアスについてどう考えればよいのかといった点については、別の本が必要である。
このたび翻訳刊行されたキース・E・スタノヴィッチ『現代世界における意思決定と合理性』(木島泰三訳、太田出版、2017/10)〔Keith E. Stanovich, Decision Making and Rationality in the Modern World, Oxford University Press, 2010〕は、まさにうってつけの本だ。
ともすると細々とした実験や調査の話にまみれて、議論の枠組みを見失いがちなテーマだけれど、スタノヴィッチは適度な距離感で、判断や意思決定の合理性をめぐる論争を整理し、その文脈を見えるようにしてくれている。
技術環境の変化に伴い、生活も仕事もそれに関わる法律も変わりゆくなかで、小さなことから大きなことまで、私たちは日々たくさんの意思決定を行っている。では、誰にとっても重要なこのことについて、諸説をどう受け取り、人間の合理性/不合理性をどのように捉えておけばよいだろうか。
本書はそうした思考の枠組みを与えてくれる。
英語やプログラムもいいけれど、それより先にこうした意思決定論を、現代を生きるための基礎科目として教育の過程のどこかに入れたほうがいいんではないか。
■目次
第1章 合理的な思考と行動――何が真理であり、何をなすべきかを明らかにする
第2章 意思決定――行為の合理性
第3章 判断――信念の合理性
第4章 わたしたちの意思決定はどれほど拙いのか?――合理性大論争
第5章 判断と意思決定の合理性にかんする論争の解決――二重過程による説明
第6章 メタ合理性――優れた意思決定戦略は自己修正的である
参考文献
訳者あとがき
著者名索引
事項索引