Instagramからちょっと離れて

先日、Instagramの不具合について書いた。

このところ、画像を投稿する際、コメントを入力しても反映されないという症状と、他の人に「いいね」をつけると、ブロックされたアクションなので駄目ですと言われる症状に見舞われていた。

直ったりぶりかえしたりを繰り返すのだが、発生条件を特定できず、どうせ見てはいないだろうと思いつつ、念のためInstagramにも不具合の報告をしてみた。一応毎日一度は直ったかどうかを確認してみる。昨日は駄目で、今日試したところ復活していた。

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Instagramの代わりに、当ブログに同じような投稿をしようと考え直して、いくつか投稿してみた。

私としては、Instagramとブログとで同じように投稿すればよいと考えていたのだけれど、いざやってみると気分が違う。

どう違うのか。ソフトウェアのインターフェイス(操作系)の経験にかんする観察として書き留めておこうと思う。

Instagramは、画像を投稿するのが主目的だ。画像に添えるコメントは、あくまでもキャプションをつけるぐらいの軽い気持ちで書ける。まあ、そんなにいろいろ書かなくてもいいやという気楽な気分で投稿できるのがよいところ。

ただ、Instagramへの投稿も、ちょっと手間がかかる。当初はiPadから投稿していた。こうすれば、iPadで撮影した写真をそのままアップロードするだけでよいので楽ちんである。

ただし、iPadのInstagramアプリは、iPadを横置きにしても縦置き画面のままなので、コメントの入力がやりづらい。また、私は本の書誌を書く際、翻訳書は原書の書名なども書くようにしている。英語の本はまだよいのだが、フランス語やドイツ語、あるいはギリシア語やロシア語などの書名を入力するには、iPadの入力アプリは非力すぎて手間が多い。

というので、現在はもっぱらパソコンからInstagramに投稿している。なによりコメント入力が段違いにしやすい。他方で、iPadで撮影した写真をiCloudからダウンロードする必要があるので、その点は手間がかかる。

理想的には、iPadからコメントが入力しやすい状態になることだ。入力アプリがもっと使い勝手のよいものになるとよいのだけれど、そうも言ってはいられないのでPCから投稿している。

 

さて、同じような内容のことをこのブログに投稿する場合はどうか。

これはあくまでも私の場合だが、ブログにInstagramのノリで投稿するのは、ちょっと違和感がある。なにかこう、もう少し言葉を書く必要があるように感じてしまう。

というのは、ブログがもともとテキストの掲載を主たる目的にしているツールだからなのだろう。かといって、1冊ごとに詳しくコメントを書くとなると、今度はInstagramにぽんぽん投稿するような軽快さが失われる。そうなると、Instagramなら一度に10冊でも20冊でも投稿できるところ、ブログではそうもいかなくなってしまう。

ちなみにiPadで撮影した写真をiCloudからダウンロードする手間は、PCからInstagramに投稿する場合と変わらない。

まあ、長く続けるのであれば、無理にコメントを多く書くのではなく、Instagramへの投稿のようにするのがよかろうと思う。何事も無理なく続けられる条件を設定するのが肝心である、というのが少しばかり人間をやってきて得た教訓の一つである。

 

Instagramの利点は、見る人も気楽にブラウジングできるところだろう。電車などでもいろいろな人がスマートフォンの表面をスワイプしながら、Instagramの画面をスクロールしているのを見かける。写真をさっさっと流して、気になるものがあったらタップして拡大する。そんな使い方に特化してつくられたアプリである。

他方で、Instagramの不便なところは、過去の投稿を効率よく探し出す手段がないことだ。私はいま、4200点ほど投稿している。ここからなにかを探し出すのは至難である。もっとも、そういうときのためにタグの機能があるわけだから、これをもっと活用すればよいのかもしれない。

ブログのよいところは、検索しやすく、投稿同士の関連づけもできるので、投稿したものを活用しやすい点である。複数の本を並べ直したり、組み合わせたりしたい私のような者にとっては、ブログのほうが合っているようにも思う。

 

当面は両方に投稿してみようと思う。

 

というわけで、同じ写真とコメントを投稿するのでも、Instagramとブログとでは、気分が違うということについて記録してみた。なんだか当たり前のことのように感じられるかもしれないが、アプリケーションを設計する場合には、これがなかなか当たり前のように意識できなかったりするものである。

 

私のInstagramのページはこちら。

www.instagram.com

ケイティ・サレン&エリック・ジマーマン『ルールズ・オブ・プレイ』第4分冊の発売日が決まりました

遊んで楽しめるゲーム(意味のある遊び)をつくるには、どんなことを検討すればよいか。この点を多角的に考えさせてくれるゲームデザインの教科書、ケイティ・サレン&エリック・ジマーマン『ルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎』(全4分冊、拙訳、ニューゲームズオーダー、2019)電子書籍版の第4冊は、9月4日発売予定となりました。

目下は最後の確認を進めているところです。

2011年、2013年にソフトバンククリエイティブから刊行された旧版が、長らく品切れだったこともあり、今回の新版(電子書籍版)刊行は、訳者としてもたいへん嬉しく思います。

2019年内に、書籍版も刊行が予定されています。発行の形態などにつきましては、いずれニューゲームズオーダーから案内があると思います。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

フェルナンド・ペソア研究誌『複数のペソア(Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa)』

フェルナンド・ペソアの研究誌『複数のペソア(Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa)』がAcademia.eduで公開されています。PDFをダウンロードできます。以下は、創刊号から第15号までのリンクです。

 

第15号(2019年春号)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 15, Special Issue: Santo Tirso | Jerónimo Pizarro - Academia.edu

 

第14号(2018年秋)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 14, Special Issue: A New Act in Pessoa's Drama | Jerónimo Pizarro - Academia.edu

 

第13号(2018年春)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 13 | Jerónimo Pizarro and Onesimo Almeida - Academia.edu

 

第12号(2017年秋)特集=フェルナンド・タヴォラ・コレクションに見るポルトガル・モダニズムへの新たな洞察

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 12, Special Issue, "New Insights into Portuguese Modernism from the Fernando Távora Collection" | Jerónimo Pizarro and Ricardo Vasconcelos - Academia.edu

 

第11号(2017年春)特集=ポルトガル・モダニズム1915-1917――オルフェウ世代の文脈・諸相・遺産

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 11, Special Issue, "Portuguese Modernisms 1915-1917— Contexts, Facets & Legacies of the Orpheu Generation." | Jerónimo Pizarro and Patricia Silva - Academia.edu

 

第10号(2016年秋)特集=仮面の内側――フェルナンド・ペソアの英詩

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 10, Special Issue, "Inside the Mask: The English Poetry of Fernando Pessoa." | Jerónimo Pizarro and Patricio Ferrari - Academia.edu

 

第9号(2016年春)特集=オリエントとオリエンタリズム

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 9 | Jerónimo Pizarro and Fabrizio Boscaglia - Academia.edu

 

第8号(2015年秋)特集=ジェニングス

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 8, Special Issue, "Special Jennings Issue" | Jerónimo Pizarro - Academia.edu

 

第7号(2015年春)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 7 | Jerónimo Pizarro and Paulo de Medeiros - Academia.edu

 

第6号(2014年秋)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 6 | Jerónimo Pizarro and Paulo de Medeiros - Academia.edu

 

第5号(2014年春)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 5 | Jerónimo Pizarro and Paulo de Medeiros - Academia.edu

 

第4号(2013年秋)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 4 | Jerónimo Pizarro and Paulo de Medeiros - Academia.edu

 

第3号(2013年春)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 3 | Jerónimo Pizarro and Paulo de Medeiros - Academia.edu

 

第2号(2012年秋)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 2 | Jerónimo Pizarro and Paulo de Medeiros - Academia.edu

 

第1号(2012年6月)

(PDF) Pessoa Plural - A Journal of Fernando Pessoa Studies, No. 1 | Jerónimo Pizarro and Paulo de Medeiros - Academia.edu

 

 

★072/1020:『ナイトランド・クォータリー』第17号(アトリエサード、2019/05/31)

★072/1020:『ナイトランド・クォータリー』第17号(アトリエサード、2019/05/31)

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第17号の特集は「ケルト幻想――昏い森への誘い」。

チーフエディターをお務めの岡和田晃さん、インタヴュー、翻訳、評論、ブックガイドと大活躍。

 

目次

・表紙作品:戸田和子(うつのみや妖精ミュージアム所蔵)

・いわためぐみ「昏い森への誘い――ケルト幻想に寄せて」

・アーサー・マッケン「変容」(遠藤裕子訳)

・ピエール・コムトワ「幻の巻狩」(大和田始訳)

・ジェレマイア・カーティン「聖マーティン祭前夜 (ジョン・シーハイによって語られた話)」(下楠昌哉訳)

・ジェフ・C・カーター「かかる警句のなきがゆえに」(待兼音二郎訳)

・デイヴィッド・テラーマン「木の葉のさだめ」(待兼音二郎訳)

・リサ・L・ハネット「食べさせてあげなきゃ」(徳岡正肇訳)

・アンジェラ・スラッター「赫い森」(岡和田晃訳)

・橋本純「いつか野に咲く麦になるまで」

・松本寛大「ケルトの馬」

・岡和田晃「Night Land Gallery うつのみや妖精ミュージアム 常若の国への招待状」

・「井村君江インタビュー"General Literature"としての幻想文学とケルト研究」(岡和田晃構成)

・深泰勉「ケルト妖精譚とホラー映画の微妙な関係」

・いわためぐみ「カナザワ映画祭が東京で「大怪談大会」を開催!」

・藤原ヨウコウ「~夜の国の幻視録 その1~「Visionary celtic」」

・岡和田晃「アーサー・マッケンから流れる、ケルト精神の水脈――「パンの大神」、『翡翠の飾り』、ヘレン・マクロイ『牧神の影』」

・朝松健「深き森の闇より――ケルト文芸復興・魔術結社・幻想作家を巡る装飾的夢想」

・徳岡正肇「Hellblade: Seuna's Sacrifice――「闇」と戦うピクトの女戦士が歩む、復讐と幻想の旅路」

・徳岡正肇「ボードゲーム「ケルト(Keltis)」レビュー ――ドイツの数学者が幻視したケルトとは」

・深泰勉「アイリッシュミュージックの歌姫の浸透と拡散」

・岡和田晃「ブックガイド」

 ・ケルトな幻想児童文学への招待

 ・M・ジョン・ハリスン〈ヴィリコニウム〉シリーズと転覆の美学

 ・「ケルト幻想」の淵源を知るために ──豊穣なる「ケルト研究」の世界

 ・今号のケルト幻想ホラー小説群を、より広い視座から味わい尽くすために

 

athird.cart.fc2.com

★071/1019:池内紀『カール・クラウス――闇に一つの炬火あり』(講談社学術文庫2331、講談社、2015/11/10)

★071/1019:池内紀『カール・クラウス――闇に一つの炬火あり』(講談社学術文庫2331、講談社、2015/11/10)

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というわけで、Instagramに投稿していた手元に来た本の記録を、今日からこのブログにつけることにします。当人以外にとっては意味のないものですが、書誌の前につけた「071/1019」という数字は、「今月の通し番号/今年の通し番号」です。つまり、8月になってから71冊目、2019年になってから1019冊目に手にした本という意味で、もっぱら自分のためのデータであります。booklogというタグを使います。

 

19世紀末のウィーンで活動した批評家カール・クラウス(Karl Kraus、1874-1936)の評伝。

池内紀『闇にひとつの炬火あり――ことばの狩人カール・クラウス』(水星文庫、筑摩書房、1985)をもとにした本。

「せめてもの思いで随所に手を入れ、加筆の一方でその倍ほどを削り、新しい章をつけた。」とは著者の言葉。1985年版もあわせて見る必要があるかもしれないと思ったところでありました。

『カール・クラウス著作集』(全10巻+別巻、法政大学出版局)が第5巻から第10巻までを刊行して終わった件についても書かれております(74ページ以下)。

 

目次

はじめに

Ⅰ 生い立ち

Ⅱ 世紀末ウィーン

Ⅲ 『炬火』年代記

Ⅳ 『黒魔術による世界の没落』

Ⅴ ことばと戦争

Ⅵ 一〇六五通の恋文

Ⅶ 「ゴロツキ、出ていけ!」

Ⅷ ことばとナチズム

Ⅸ 半世紀遅れの「追憶の書」

おわりに

学術文庫版あとがき

 

下記はカール・クラウスが発行していた『炬火(Die Fackel)』のデジタル版についてのツイート。

 

■関連イヴェント

2019年8月30日にゲンロンカフェで行う古田徹也さんとの対談に向けて、古田さんが『言葉の魂の哲学』(講談社選書メチエ)で論じているカール・クラウスについて集め読んでいるのでした。イヴェントについては、下記でご覧くださいませ。

peatix.com

荒木優太編著『在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活』(明石書店)

荒木優太編著『在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活』(明石書店、2019年9月1日刊行予定)という本に、吉川浩満くん(id: clinmn)とともに随筆を寄稿しました。

こういう本です。

「在野研究者」とは、大学に属さない、民間の研究者のことだ。
卒業後も退職後も、いつだって学問はできる!
現役で活躍するさまざまな在野研究者たちによる研究方法・生活を紹介する、実践的実例集。

本書は、読者が使える技法を自分用にチューンナップするための材料だ。

(明石書店、同書紹介ページより)

また、目次は次のとおり。

序 あさっての方へ

第一部 働きながら論文を書く
第一章 職業としない学問/酒井大輔
第二章 趣味の研究/工藤郁子
第三章 四〇歳から「週末学者」になる/伊藤未明
インタビュー1 図書館の不真面目な使い方 小林昌樹に聞く
第四章 エメラルド色のハエを追って/熊澤辰徳
第五章 点をつなごうとする話/内田明

第二部 学問的なものの周辺
第六章 新たな方法序説へ向けて/山本貴光+吉川浩満
第七章 好きなものに取り憑かれて/朝里樹
第八章 市井の人物の聞き取り調査/内田真木
第九章 センセーは、独りでガクモンする/星野健一
第一〇章 貧しい出版私史/荒木優太
インタビュー2 学校化批判の過去と現在 山本哲士に聞く

第三部 新しいコミュニティと大学の再利用
第一一章 〈思想の管理〉の部分課題としての研究支援/酒井泰斗
第一二章 彷徨うコレクティヴ/逆卷しとね
第一三章 地域おこしと人文学研究/石井雅巳
インタビュー3 ゼロから始める翻訳術 大久保ゆうに聞く
第一四章 アカデミアと地続きにあるビジネス/朱喜哲

在野のための推薦本

寄稿した文章でも冒頭で断っているのですが、吉川くんと私はそもそも専門もなく、研究をしている者ではないので、この本のなかでもちょっと特殊な立場かもしれません。

www.akashi.co.jp

この本は、「在野研究」と銘打っていますが、研究はしないけれど、ものを読んだり調べたり考えたりするのが好きな人には、いろいろなヒントを得られる内容かと思います(といっても、私もまだ自分たち以外のページは読んでいないのですけれど)。

なお、この件については、以前、山本ぽてとさんによるインタヴュー「在野に学問あり」第2回(岩波新書編集部「B面の岩波新書」、2018年11月25日)で、吉川くんとともにお話ししたことがありました。

www.iwanamishinsho80.com

『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)

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田中佳祐著、竹田信弥構成『街灯りとしての本屋』(雷鳥社、2019)にコラムを寄稿しました。

この本は、ライターの田中さんが、11の本屋の店主に取材をして書いたものです。それぞれの人がどうやって本屋を始めたのか、どうやって続けているのか。町から本屋がなくなりつつある現在、その必要や機能についてさまざまな見直しが進められている最中でもあります。登場する本屋の人たちが、どのような考えでやっておられるのか、読んでみたいと思います。

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目次はこんな具合で、第2章には「本屋の始め方」というQ&Aもあります。

私は「記憶の劇場としての書店」「身の丈のここちよさ」という文章を書いております。

そうそう、2019年8月26日(月)の夜には、二子玉川 蔦谷家電にて、田中さん、竹田さん、私の3名による同書の発売記念トークイヴェントがあります。

私は、お二人に話を伺うとともに、理想の本屋についてあれこれお話しできればと考えているところです。どうぞよろしくお願いいたします。

詳しくは下記リンク先からご覧くださいませ。

store.tsite.jp