マッドな、あまりにマッドな。



マッド・サイエンス、あるいは、マッド・サイエンティストと言ったら、どんな営為や人物を思い浮かべるだろうか。


寝食も忘れて余人にはとんと見当もつかない怪しげな研究に没頭し、それだけに身だしなみもなおざりで、髪はぼさぼさ、よれよれでポケットの辺りが得たいの知れない物質で汚れたような白衣をひっかけ、ぶつぶつなにか言いながら、ときどき嬉しい発見をしては周囲の状況に関係なく「やったぞー!!!」と奇声をあげて喜ぶ……。


なんていうのは、紋切り型を想像してみた人物像。この一文を書きながら、そうそう、私の脳裏には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクが連想されていたかもしれない。


しかし、サイエンティストにはマッドがつくのをしばしば見かけるけれど、マッド・ヒューマニスト(ユマニスト/人文学者)とか、マッド・エンジニアとか、マッド・アーティストという言葉にはあまりお目にかからない気がする(気のせいかもしれない)。そういえば、『不思議の国のアリス』に出てくる帽子屋は、Mad Hatterだった。ついでに言えば、mad doctorと言ったら、古い英語では「精神病意医」のことを指すようだが、現代ならさしづめB級ホラー映画のタイトルかと思うところ。


しかし、なぜ、科学(サイエンス)にはマッドがよく似合うのか。


これをマジメに追究すれば、たちまち、いわゆる『狂気の歴史』や『錬金術の歴史』を繙くことになり、それはそれですこぶるつきに興味ある話題なのだが、いまは措こう。簡単に言えば、科学という営みには、常人(非科学者)から見て、理解に苦しむことが多かった、ということではないかと思う。


いや、さらに言うなら、当の科学者たちの世界のなかにだって、「あいつはちょっと変なこと言ってるぞ、頭がやられたんではないか?」などと思われることだってあるだろう。


例えば、権威ある科学者たちが「人間の脳は、一定の年齢を過ぎると、あとは神経細胞が死滅していくだけだ」という説を常識だとみなしている世界で、いくら証拠があるからといっても、「いや、人間の脳は、何歳になっても、新たな神経細胞を発生させている。可塑性がある!」と主張することは、反常識、言い換えれば、狂気の沙汰だと思われたかもしれない。トマス・クーンが『科学革命の構造』で論じた、規範刷新(パラダイムシフト)の次第を思い出してもいい。


テオ・グレイ『Mad Science』(高橋信夫訳、オライリー・ジャパン、2010/05、ISBN:4873114543)を手にとりながら、早くもそんな想像に心が遊び始める。表紙には「炎と煙と轟音の科学実験54」。帯には、手のひらで炎を載せている著者近影があり、なるほどこりゃヤバそうだ。


ちょっと中を見ておくつもりで、ページを繰り始めたのだが、結局そのまま他のことを放り出して、最後のページまで読んでしまった。


最初に登場するのは、「危険すぎる製塩法」。見開きいっぱいに掲載された写真には、網にいれたポップコーンの下に、金属製のボールが置かれ、盛大に炎と煙が噴き上がっている。そのボールの脇にはCHLORINE、つまり塩素とラベルの貼られたボンベ。まさかと思うけど、これでポップコーンに塩味をつけようっていうんじゃ……説明を読むと、こうある。

ナトリウムは、軟らかくて銀色の金属で、水に触れると激しく爆発し、ごくわずかな湿気にも反応して皮膚にやけどを負わせる。塩素は、窒息の恐れがある黄色の気体で、第一次世界大戦の最前線では毒ガス兵器として使用された。ただし敵とほぼ同数の味方が死んだとされ、成果はいまひとつであった。このナトリウムと塩素が出会うと激しく反応し、火の玉となって炎を上げ、白煙が立ち昇。この煙は塩化ナトリウム(NaCl)、すなわち食塩であり、反応現場の上に吊り下げた網の中のポップコーンに、塩味を加えるために使用される。


口をあんぐりしながらページを繰ると、案の定(?)というべきか、さらに激しく化学反応を起こして、炎と煙が燃えあがり、もはやポップコーンに塩味をつけるどころではなくなっている写真が続く。


自然と笑いがこみあげる。テキストを読むと、「元素周期表では、政治と同じく、不安定な要素が左右両極端に分かれる傾向がある。」などと、うまいことを言いながら、ここで扱っているナトリウムと塩素の化学的な特徴をきっちり解説しているのだからたまらない。


こんな調子で、54個もの危ない実験が、目を釘付けにする写真とともにつぎつぎと現れる。「ふえぇ」「なんだこれは」と呆れつつも興味津々で、結局最後まで読まされてしまうという次第。


この書物、もとはといえば、Popular Science誌への連載記事だったとの由。たしかに、というのも変な言い方になるけれども、こんなふうに提示されたら、誰だってイヤでもナトリウムと塩素の化学反応について思い出すたび、あの危険なポップコーンのことを思い出さざるをえない。真面目な話、これはものを記憶するうえでも、なかなかうまいやり方だと思う。扱われる化学物質、マッドな実験の状況設定、その過程と結果の写真が組み合わさることで、忘れがたい知が、読者の脳裏に組み込まれる。教育効果も抜群。


たしかにマッドだ。いや、実験内容もさることながら、この発想が。


オライリー・ジャパン > 『Mad Science』
 http://www.oreilly.co.jp/books/9784873114545/


Amazon.co.jp > 『Mad Science』
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4873114543/tetugakunogek-22


⇒作品メモランダム > 知りたがるにもほどがある
 http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20070408
 『自分の体で実験したい』を紹介したエントリーです。