渋谷シネ・アミューズで上映中の映画『永遠のモータウン』(Standing in the shadows of Motown, 2002, アメリカ)を観た。
「エルヴィス、ビーチ・ボーイズ、ローリングストーンズ、そしてビートルズ。すべてのNo.1ヒットを足しても、「彼ら」にはかなわない。しかし「彼ら」の名前を知る者はいない」――映画の冒頭におかれた字幕はこう語る。
「彼ら」とは誰か?
カメラはレコードショップにはいる。店内で、いずれも音楽にはちょっとうるさいよ、という感じの人々をつかまえて質問をする。「モータウンを知っていますか?」「ああ、知ってるよ。マーヴィン・ゲイとかシュープリームスとか」「では、マーヴィン・ゲイのバックバンドは?」「え……それは、考えたこともなかったな、わからないよ」 そんなやりとりがいくつか映される。なかには正しく答えた人もいるがほとんどは知らない。音楽に詳しい人々でさえこのテイタラク、あとはなにをかいわんや、というわけだ。
さて、たとえばお手元にマーヴィン・ゲイの『WHAT'S GOING ON』(1971)をお持ちの方は、ジャケットあるいはライナーノーツをご覧いただきたい。楽器演奏者たち(The Musicians)のクレジットを見つけられるだろうか。
Guitars: Joe Messina & Robert White
Tambourines & Percussion: Jack Ashford
Vibes & Percussion: Jack Brokensha
Celeste: Johnny Griffith
Piano: Marvin Gaye
Bongos & Conga: Eddie Brown & Earl DeRouen
Bass: James Jamerson
Drums: Chet Forest
CD版では印刷もことさらに小さく読み取るのも一苦労だが、楽曲を演奏したミュージシャンたちの名前がクレジットされている。
映画『永遠のモータウン』の主人公は、ここにクレジットされたミュージシャンたちと、このアルバムにはクレジットがないアール・ヴァン・ダイク(Piano)、ジョー・ハンター(Piano)、エディー・ウィリス(Guitar)、ベニー・ベンジャミン(Drums)、リチャード・アレン(Drums)、ユリエル・ジョーンズ(Drums)、ボブ・バビット(Bass)といった面々である。
「彼ら」、つまり、モータウン・レコードのヒット曲の数々を演奏の面で支えたファンクブラザースは、その楽曲ほどは世に知られていない。ある時期までレコードにクレジットされなかったこともその一因であるようだ(上記の『WHAT'S GOING ON』はモータウンがはじめて演奏家たちをクレジットしたアルバムともいわれている)。だが、それほど注意深くモータウン・レコードの作品を追いかけていない人でも、そのファンキーで厚みのあるサウンドに耳覚えがあるのではないだろうか。あるいは、ビートルズやローリングストーンズの初期のアルバムにおさめられたモータウンのカヴァー、その他さまざまなミュージシャンたちのカヴァーを通して耳にしているかもしれない。
本作は、そんなファンクブラザースに取材したドキュメンタリー映画である。中心となるのは、ゲスト・パフォーマー(ジェラルド・レヴァート、ジョーン・オズボーン、ベン・ハーパー、チャカ・カーンほか)を呼んで行われた再結成ライヴの模様と、メンバーへのインタヴュー。老ミュージシャンたちを陽のあたる場所に連れ出して、ありし日の活動を語らせる手法から、しばらく前にヴィム・ヴェンダースがライ・クーダーとともにキューバ音楽を人々に「再発見」させた『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(Buena Vista Social Club, 1999, amazon.co.jp)を思い出す向きもあるかもしれない。ちがうのは、ファンクブラザースの音楽は、1960年代から70年代のアメリカ・ポピュラー・ミュージックを愛聴する誰もが知っている音楽であるにもかかわらず、つまりいつも目の前に(耳の前に)その音楽があったにもかかわらず、彼らを「再発見」しなければならなかったことだ。
ライヴでは「キープ・ミー・ハンギン・オン」(シュプリームス)、「アイ・キャント・ヘルプ・マイセルフ」(フォー・トップス)、「マイ・ガール」(テンプテーションズ)、「ホワッツ・ゴーイン・オン(愛のゆくえ)」(マーヴィン・ゲー)などなど往年の名曲をゲストによるヴォーカルで演奏。ファンクブラザースの面々も高齢化が進んでいたり、ギタリストのジョー・メッシーナーにいたってはコンサートまでおよそ30年のあいだギターを弾いていなかったというのだが、心配は無用。モータウン・サウンドはちゃんと生きていた。
ライヴ映像と交互に映されるインタヴューでは、メンバーたちがアネクドートでもたのしむようにかつての様子や作曲・演奏の技法を語ってくれる。ひとくさり話すとおちが待っていて周りで聞いていたメンバーたちとともに「がっはっはー」と笑いとばすものだから、どこまでがビッグマウスなのだか判然としないものの、そんなことはどっちでもよい。ファンクブラザースという固有名の空白に彼らの思い出語りがじわじわとしみこんでゆき、つぎにレコードを聴くときにはひとりひとりの顔を思い浮かべることができるのだから。いまは亡きメンバーたちについても監督のポール・ジャストマンは記録映像を探し出してはさみこんでいる。
どの話も興味深いので書き始めると全部ここに書くことになっていまうのだがそれは我慢して(笑)、特筆しておきたいのは彼らの音楽演奏がジャズとわかちがたくあったということだ。彼らはクラブでジャズを演奏するかたわら、「Studio A」(スタジオA)あるいは少し愛嬌をこめて「Snakepit」(蛇の穴)と呼んでいた地下にある狭いスタジオで名演奏をつくりだしていった(それはもっぱら1960年代のことで、録音には3トラック(!)のレコーダーが使われていたため、「演奏はいつでも一発撮りがあたりまえだった」)。インタヴューでも述べられているが、モータウンの演奏をするさいにメンバー同士で「なぁ、昨晩のギグ(ジャズの)はよかったな。あれみたいに演ろうぜ」といってとりこんでいったという。
ところで話の順序としては先に書けばよかったのだが、「モータウン」とは、1959年にベリー・ゴーディーが自動車産業の地、ミシガン州はデトロイトで設立したレコード会社の屋号。テンプテーションズ、マーヴィン・ゲイ、スプリームス、フォー・トップス、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、スティーヴィー・ワンダー、ジャクソン・ファイヴなどなど、数々のヒット・メイカーを世に送り出したレコード会社である。ファンクブラザースが生み出した音楽を、ひとびとは敬意をこめて「モータウン・サウンド」と呼んでいる。
なお、本作はアラン・スラツキー(筆名ドクター・リックス)の――
★ドクター・リックス『伝説のモータウン・ベース ジェームス・ジェマーソン』(坂本信訳、リットーミュージック、1996; 2004/04改訂、amazon.co.jp)
Dr.Licks, Standing in the Shadows of Motown: The Life and Music of Legendary Bassist James Jamerson (Hal Leonard Pub Corp, 1989, amazon.co.jp)
から基本的な構想を得ているという。本書についてはまた別の機会に述べてみたい。
★Standing in the shadows of Motown公式サイト(英語)
http://www.standingintheshadowsofmotown.com/
★『永遠のモータウン』公式サイト
http://www.eiennomotown.com/
★Motown Record公式サイト(英語)
http://www.motown.com/