
★フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』(澤田直訳、思潮社、2000/10、amazon.co.jp)
いかなる時代も他の時代に感性を継承することはできない。伝えることができるのはこの感性に関する知性だけだ。感情に関しては、自分は自分だが、知性に関しては、自分は他者なのだ。知性はわれわれを分散させる。かくしてわれわれを分散するものをとおして、われわれは生き延びる。それぞれの時代は次の時代に、自分がそれでなかったものしか与ええないのだ。
それというのも、知性の表現手段は言語だからであって、言語は自分の外側にあって(自分を含む)他人とのあいだではじめて意味を持つものだからだ。
どんな興味あることや、有益なことを語ることができるというのか。語ることができるのは、自分に起こったこと、つまり誰にでも起こることか、自分にだけ起こったことだが、最初の場合には新鮮味がないし、後の場合には他人には理解されない。
そして「自分に起こらなかったこと」は端的に駄法螺という次第。