村井弦斎『食道楽(上)』岩波文庫緑175-1、岩波書店、2005/07、amazon.co.jp


村井弦斎(むらい・げんさい)の長編小説。1930年(明治36年)に「報知新聞」に連載された作で、大学を出て或る文学雑誌の編集に従事する中川とその妹お登和〔とわ〕、そのお登和に思いを寄せる大食漢・大原を中心に、食とマナーの薀蓄を傾ける食道楽小説。


たとえば、「第五十 梅干の功」はこんなふうにはじまる。

フライは出でぬ。大原はいきなりナイフを執りてフライの背中を胴切にせんとしければ中川笑い出し「大原君、君も随分食事法を知らんね。西洋料理にフライをナイフで截るという事はないよ。知らん人は截るかも知れんが西洋風には決してない。ナイフはフークの力で食べられんもおんばかり截るのだ。フライでナイフを汚すと給仕に笑われるさ。フークで押せば自由に取れるよ。西洋風にすればパン端を少しちぎっておいてそれでフライの肉をフークの背中へ掻き寄せるようにして食べるのだ。イイエ、フークの腹ではない。凹んだ方へ載せては反対だ、背中の方へ載せるのだよ。ナニ載らないと。アハハ、それだから箸を用意してある。箸で食べ給え。自由自在にどうでも食べられる……

(同書、150-151ページ)


付録には「日用品食品分析表」「料理法の書籍」「台所道具の図」「西洋食器類価格表」「西洋食品価格表」、牛の部位図(肉屋にあるあれ)などもついている。