『考える人』と私

新潮社の季刊誌『考える人』が次号で休刊となるとのこと。創刊されたのは2002年夏ですから、15年ほど続いたことになりましょうか。


雑誌の休刊にことよせて私事を語るのもなんですが、同誌に関わる一齣として、エピソードを少々書きとめておこうと思います。

 

1.『考える人』と私

私は変な雑誌(←褒めています)が出ると、まずは読んでみる質で、『考える人』も創刊号から買っていました。ちょっと大きめの判型で、写真が多めでありながら、文章も充実していて、どことなくくつろいだ、とらえどころのない雑誌だなと感じつつ、2号、3号と読み続けたものです。


また、ひょんなご縁から、2005年以来ですから、同誌を創刊した前編集長・松家仁之さんのころから、幾度となく書く機会を頂戴してきました。


『考える人』に寄稿する最初のきっかけをつくってくださったのは、当時まだ面識のなかった茂木健一郎さんでした。


2005年夏号「心と脳をおさらいする」という、いわゆる心脳問題を特集する号です。茂木さんが中心となって寄稿している他、ケンブリッジ、オックスフォードへ赴いてホラス・バーロー、ニコラス・ハンフリー、ロジャー・ペンローズという錚々たる面々と対談しています。


その対談について、用語に注釈が必要ではないか、という話になって、さて誰にというところで、茂木さんが吉川浩満くんと私の名前を挙げてくださったと聞いています。私たちは最初の本『心脳問題』(朝日出版社、2004)を刊行したところでした。担当してくださったのは、新潮社の疇津真砂子さんで、以後現在にいたるまでお世話になっています。


その後、2016年までの約10年ほどのあいだ、数えてみたら20冊の号に都合38回ほど登場しておりました。(実は無記名で寄稿した号がもう一つありますがここではカウントせず)


2.思い出の3冊

いまお話しした初登場号の他に特に思い出深い号を3つ挙げるなら、次の特集です。

★2009年夏号「日本の科学者100人100冊」
★2011年冬号「紀行文学を読もう」
★2013年夏号「数学は美しいか」


「日本の科学者100人100冊」は、企画段階から参加して、編集部のみなさんと議論をするという、私にとっては未知の経験をした号でした。(と書いてみて思い出しましたが、『InterCommunication』誌(1992-2008)でも終刊近くに経験しておりました。)


それはさておき、とりあげる100人の選定や、執筆者候補を決めてゆく過程で、それまで未読だったものも含めて、日本の科学者たちの本や論文を山ほど読むよい機会でもありました。


100人の科学者について、それぞれ紹介する文章をいろいろな人に書いてもらったのですが、書き手が決まらない人物については私が書くということで、都合34人分を担当したようです。


2011年冬号「紀行文学を読もう」は、ブックガイド、翻訳、連載第1回という互いに異なる文章を同時に寄稿するという、いま考えてもよくやったなあと思うような号でした。


このとき連載を始めた「文体百般」は、後に『文体の科学』として単行本になるものです。いつかも書いたかもしれませんが、もともと「文体百般」という企画は、『考える人』でどんな特集をしたら楽しいかというアイディアを出したうちの一つでした。つまり、自分で書くつもりではなく、いろんな人にそういうことを書いてもらったのを並べたら、さぞかし面白いものになるだろうな、と空想したのです。それを巡り巡って自分で書くことになったのは、ひとえに疇津さんのご示唆によります。


もう1冊の2013年夏号「数学は美しいか」も、「日本の科学者100人100冊」と同じように、企画段階からお手伝いをした忘れがたい号です。


数学を大きく見晴らすマップを描いて、ブックガイドを書き、伊東俊太郎さん、円城塔さん、三宅陽一郎さんにインタヴューをして、テレンス・タオの論文を翻訳しました。


3.雑誌は書き手を鍛える

思い返してみると、疇津さんや編集部からは、いわゆる「ムチャぶり」をしていただき、結果的に十分応えられたかどうかは別として、私自身はこんな機会でもなければ考えなかったかもしれないようなことをあれこれ考え、鍛えられました。


そうそう、本を別とすれば、『ユリイカ』『InterCommunication』『考える人』と、もっぱらこの三つの雑誌によって文筆家としての私は稽古をつけてもらったのだと思っています。


毎回、思ってもみなかった方向から飛んでくるボール(お題)をそのつど打ち返すという訓練は、とりわけ怠惰な私のような者にとっては得がたい機会でした。


その『考える人』も、少し前にリニューアルを果たして、さてこれから第三期か(勝手に初代松家編集長を第一期、河野編集長のリニューアル前を第二期として)というところで、惜しくも休刊。


読み手としても「雑」なるものの楽しさを伝えてくれる雑誌がまた一つ消えるのは残念な限りです。いまはただ感謝の念を込めて御礼申し上げたいと存じます。松家元編集長、河野編集長、編集部のみなさま、長いあいだ、ありがとうございました。おつかれさまでした。

 

4.『考える人』の私

最後に、書いている当人以外にまるで意味のないことではありますが(え、それを言うなら、ここまで書いたこともですって?)、『考える人』に寄稿した文章についてまとめてみます。


ほんとにいろいろなことを書いたなあ。


★2005年夏号「心と脳をおさらいする」
01. 「「心と脳」を知るためのジャンル別ブックガイド」(吉川浩満との共著、ブックガイド)
02. 「「心と脳」をおさらいするための21のキーワード」(吉川浩満との共著)

★2008年夏号「自伝・評伝・日記を読もう」
03. 「知りたがるにもほどがある? 科学者という人たち」(ブックガイド)

★2009年夏号「日本の科学者100人100冊」〔企画協力〕
04. 「日本の科学がたどってきた300年」(特集イントロダクション)
05. 100人100冊中34人分
06. 「福澤諭吉と科学」(コラム)
07. 池内了+中村桂子対談に同席

★2010年春号「はじめて読む聖書」
08. 「聖書を読むための本」(ブックガイド)

★2010年秋号「福岡伸一と歩くドリトル先生のイギリス」
09. 「未知を求め、世界に驚く」(ブックガイド)

★2011年冬号「紀行文学を読もう」
10. 「紀行ブックガイド5000年」(ブックガイド)
11. リシャルト・カプシチンスキ「ヘロドトスと気づきの技法」(翻訳)
12. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第1回「文体とは「配置」である」

★2011年春号「考える仏教」
13. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第2回「短い文――時間と空間に縛られて」

★2011年夏号「梅棹忠夫」
14. 「世界をデッサンする――梅棹忠夫ブックガイド」(ブックガイド)
15. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第3回「短い文――記憶という内なる制限」

★2011年秋号「考える料理」
16. 「アンケート 私の好きな料理の本 ベスト3」
17. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第4回「法律――天網恢々疎にして漏らさず」

★2012年冬号「ひとは山に向かう」
18. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第5回「対話――反対があるからこそ探究は進む」

★2012年春号「東北」
19. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第6回「科学――知を交通させるために」

★2012年夏号「笑いの達人」
20. 「考えるな、感じろ――映画と笑い」(エッセイ)
21. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第7回「科学――世界を記述するために」

★2012年秋号「歩く」
22. 「歩行の謎を味わうために」(ブックガイド)
23. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第8回「批評――知を結び合わせて意味を生む」

★2013年冬号「眠りと夢の謎」
24. 「思いのままに、わが夢を」(書評)
25. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第9回「辞書――ことばによる世界の模型」

★2013年春号「小林秀雄 最後の日々」
26. 「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」第10回「小説――意識に映じる森羅万象」

★2013年夏号「数学は美しいか」〔編集協力〕
27.「数学の愉悦を味わうために」(イントロダクション)
28. 「発見と難問の森に遊ぶ――入門から専門級まで(ブックガイド)」
29. 円城塔「天才数学者は、変人とはかぎらない」(インタヴュー)
30. 伊東俊太郎「人は数学に何を求めてきたか」(インタヴュー)
31. 三宅陽一郎「人工知能は数学を理解できるのか」(インタヴュー)
32. テレンス・タオ「素数の研究――その構造とランダム性について」(翻訳)

★2015年春号「数学の言葉」
33. 「響き合う数学の言葉たち」(イントロダクション)
34. 「数学の言葉、数学も言葉」(ブックガイド)
35. 山本貴光+吉川浩満「本の使いかた いかに探し、読み、書くか?」(対談)

★2016年春号「12人の、『考える人』たち」
36. 山本貴光+吉川浩満「生き延びるための人文」第1回「知のサヴァイヴァル・キットを更新せよ!」(対談)

★2016年夏号「谷川俊太郎」
37. 山本貴光+吉川浩満「生き延びるための人文」第2回「人文の「理想」と「現実」」(対談)

★2016年秋号「いいぞ、応援!」
38. 山本貴光+吉川浩満「生き延びるための人文」第3回「モードチェンジは「驚き」から始まる」(対談)


なお、吉川浩満くんとの連載対談は、本にまとめるための作業中です。

 

www.shinchosha.co.jp 

考える人 2017年 05 月号 [雑誌]

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文体の科学

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