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music Jordi Svall The Route to the Orient AliaVox 2007 music Jordi Svall The Route to the Orient AliaVox 2007



Francis Xavier: La Ruta de Oriente(AliaVox、2008、ISBN:B000XIJ3OI


音楽史の書物を読んでいてどうにも歯がゆいのは、録音技術以前の世界の音楽はどうあがいてもそのものを聴くわけにはいかないということだ。


と言ってはみたけれど、大きなCDショップに行けば古代ギリシアから19世紀までの音楽もCDで聴くことができる。なんとなれば、楽譜やそれに類するものがあれば、そこから「再現」するからだ。この再現がどこまで再現足りえているのかと考え始めるときりのない話になるので、いまは措いておこう。


このCDは、16世紀の人フランシスコ・ザビエルの生涯とその時代を音楽でたどろうというユニークな試みで、ザビエル誕生からその死までを音楽で構成している。企画・監修・演奏するのはジョルディ・サバイ(サヴァール)で、彼が率いるエスペリオンXXIとゲスト・ミュージシャンたちが演奏している。


といっても、オペラなどのように伝記を物語仕立てで音楽化するものではない。青年期の修行を経て、布教の旅に出たザビエルが、行く先々で耳にしたであろう音楽を、その足跡を追うように160分の音として並べた一種のサウンドスケープ(音景)作品である。


解説書を繰ると、たとえばこんなふうに楽曲と事項が併記されている。

★CD1 人文主義のヨーロッパより


第1章 フランシスコ・ザビエルの誕生と幼年時代


1. 作者不詳「曙」、「ロトゥンデルス」


 1506年 ハビエル城(ナバラ)にてフランシスコ誕生。


2. ペドロ・デ・エスコバル ビリャンシコ「永福なる聖母」(CMP 416)


 1509年 エラスムス、トマス・モアに捧げて『痴愚神礼賛』を書く。


3. 作者不詳「コンソート」11番


 1512年 フェルナンドII世、フランスからナバラを勝ち取る。


4. ヨアネス・ポンス ビリャンシコ「フランスよ、お前が得た物を言ってみよ」(CMP 443)


以下は章立てだけを掲げておこう。

第2章 フランシスコ・ザビエルの青年時代
第3章 パリ大学での勉強(1525-1536)
第4章 イタリアとイエズス会の創設
第5章 リスボンからアフリカとインドへ
第6章 文化の新しい世界 日本へ到着(以下CD2に収録)
第7章 中国の閉ざされた扉へ


これに対応して、全49の楽曲が2枚のCDに収録されているのである(SA-CDとのハイブリッド対応)。


例えば、グレゴリオ聖歌イベリア半島の世俗音楽の他に、アフリカのパーカッション(第5章)、「篠の音取」「本能寺」、中国楽器でアレンジされた「アベ・マリア」(第6章)など、土地々々の音楽が収められている。なかでも面白いのは、「オ・グロリオサ・ドミナ(O GLORIOSA DOMINA/栄えある聖母よ)」を、原曲とともに尺八や琵琶で変奏したヴァージョンを並べたところだ。これは、ザビエルが日本に到着して、布教を進める過程に対応したくだりで、文化的な現象に類比して言えば、キリスト教の教義が日本語に移し替えられてゆく過程を表してる。つまり、楽曲が思想内容であり、楽器が言語と見立てられるわけだ。



解説書は、300ページ近いフルカラー印刷の書物で、サバイのメモのほか、解説やザビエルの年表、関連する文献アンソロジーが、英語、ポルトガル語、イタリア語、日本語、中国語の5カ国語で収録されている。マヌエル・フォルカノによる文献アンソロジーは力が入っており、日本語ヴァージョンのページだけでも30ページ強を占めている。その内容は、エラスムスの『痴愚神礼讃』、マキアヴェッリの『君主論』、モアの『ユートピア』、ルターの『95カ条の論題』、イエズス会会則、教皇パウルス3世の教書、ザビエルの書簡などである。


もちろんここに並べられた音楽を、本当にザビエルが耳にしたかどうかはわからない。大いに推測を含む構成であることにはちがいない。しかし、この史料を読みながら音楽を聴くとき、単に楽曲に耳を傾けるのとは明らかに異なる世界が脳裏に立ち現れるという意味で、すばらしい企画だと思う。なにより音楽にはそれが作られ、演奏され、聴かれた「場所」があるということを思い出させてくれるから。


あらゆる文物が従来の価値のヒエラルキーから自由になって、古典も同時代の作品も、娯楽もハイカルチャーもデータとして等しくフラットに並ぶ昨今、かえってものごとが見通しづらくなった側面もある。そうしたなかで、この企画のように文脈を含めて作品を提示するということが、もっと試みられてもよいと思う。



坂本龍一がはじめた音楽+資料アーカイヴ・シリーズ「commmons: schola」(全30巻を予定)も、別の角度から同じ試みに着手している。その第一弾J.S.バッハISBN:B001CCHIU0)に収められた浅田彰小沼純一との鼎談でも、コンテクストを提示するという意図が述べられていた*1


なお、サバイとエスペリオンXXIによる同趣旨の企画ディスク+資料には、ドン・キホーテコロンブスに関する次のパッケージもある。



Miguel de Cervantes, Don Quijote de la Mancha: Romances y Msicas(Alia Vox, 2005, ISBN:B000GCG8Z8
Christophorus Columbus: Parasos Perdidos(Alia Vox, 2007, ISBN:B000GCG8Z8


また、現物は未確認だが、エルサレムの歴史をたどる「JERUSALÉN: La ciudad de las dos paces」(AVSA9863, 2008/11)もリリースされたようだ。


■関連ウェブサイト


★ALIA VOX(スペイン語[英語、仏語、カタルーニャ語、伊語もあり])
 http://www.alia-vox.com/


★皆川達夫「オラショグレゴリオ聖歌とわたし」
 http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/orasho.html

*1:ディスクが1枚なのは措くとして、資料編はもそっとがんばっていただきたかった。