『デヴィッド・クローネンバーグ 進化と倒錯のメタフィジックス』

ele-king編集部編『デヴィッド・クローネンバーグ 進化と倒錯のメタフィジックス』(Pヴァイン、2023/08)に『イグジステンズ』(1999)について書きました。

近未来のゲームを描いた映画ですが、幸か不幸か、現実のゲームはまだ『イグジステンズ』の水準には至っておりませなんだ。なにしろ神経系にゲーム機を直挿しですからね……

とはいえ、劇中で表現される『イグジステンズ』というゲームのしくみや出来映えについては、それとはまた別のへんなところがあって、いま見直しても面白いものでした。

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』はそろそろ封切りでしょうか。

www.ele-king.net

そういえば、Pヴァインの映画本に書くのは二度目でした。一度目は、今年の2月に刊行されたele-king編集部編『ジャン=リュック・ゴダールの革命』(Pヴァイン、2023)のフィルモグラフィ・コーナーに、「1990年代ーー『映画史』へと至る10年」を書いたのでした。

www.ele-king.net

「230人が、この夏おすすめする一冊」青山ブックセンター

青山ブックセンター本店で、夏の恒例「この夏おすすめする一冊」が始まったようです。

私もお声かけいただいていたのでしたが、寝込んでいたりしているうちにお返事しそびれてしまいました。今度あそびに参ります。

 

「「終わり」の見えない資本主義の〈その先〉とは?」

2023年8月4日(金)の夜は、代官山蔦屋書店で、大澤真幸さんとの対談でした。

大澤さんの新著『資本主義の〈その先〉へ』(筑摩書房)の刊行を記念して「「終わり」の見えない資本主義の〈その先〉とは?」というタイトルでお話しをしました。

同書は、これまで大澤さんが検討を続けてきた資本主義論の現時点での決定版というべき本で、経済現象としての側面のみならず、「全体的社会的事実」として資本主義を理解しようとする試みです。その中心にある剰余価値のメカニクスに加えて、近代科学という知の営み、小説という創作もまた、資本主義と呼応する性質をもっていることを指摘した上で、資本主義の内部からこれを変容させてゆく手がかりを見てとろうというわけです。

同書を中心として大澤さんにあれこれ伺いました。

store.tsite.jp

なお、8月10日(木)の夜には、これも大澤さんの近著である『未来のための終末論』(THINKING「O」第19号、左右社)の刊行を記念して、吉川浩満くんとの対談が予定されています。こちらは丸善ジュンク堂の主催でオンラインでの開催とのこと。

8/10 THINKING「O」019号『未来のための終末論』刊行記念イベント|大澤真幸×吉川浩満 「〈破局〉から哲学がはじまる」online.maruzenjunkudo.co.jp

ジャン=ルイ・ド・ランビュール編『作家の仕事部屋』(中公文庫)

ジャン=ルイ・ド・ランビュール編『作家の仕事部屋』(岩崎力訳、中公文庫ラ3-1、中央公論新社、2023/07/25)
Jean-Louis de Rambures, Comment travaillent les écrivains, éditions Flammarion, 1978

f:id:yakumoizuru:20230729153526j:image

1979年に中央公論社から刊行された本の文庫版が刊行された。

評論家・ジャーナリストのジャン=ルイ・ド・ランビュール(1930-2006)が「ル・モンド」紙の文芸特集欄に掲載した25人の作家たちへのインタヴューをまとめた本。

原題は「作家たちはどのように仕事をするか」で、ランビュール氏は以下に名前を並べた作家たちに、どうやって、どんな道具で、どんな環境でものを書く仕事をしているのかを尋ねている。

「ある作家が鉛筆をどんなふうに削るか、どんな色の紙を使うか、タイプライターは何社製かをたずねること……もしそれが、言葉と言葉をある種のやり方で集めることによって、ある作家がひとりの読者に、いや何千もの読者に及ぼすあの神秘的な作用について、より多くを知るための迂回路だったとしたら? そう考えただけで、私は、それまで神聖不可侵なものと思えていた山頂に通じる未知のルートの存在を教えられた登山家になり変わったような気がした」とはランビュール氏の言葉。

それにしても、この本に登場する面々とそれぞれの話しぶりをみるにつけても、これをまとめあげるのは一筋縄ではいかなかったのではないかと思われる。目次に並ぶ順に作家たちの名前を並べるとこんなふう。いわゆる小説家だけではないことにもご注目あれ。

ロラン・バルト
アルフォンス・ブダール
エルヴェ・バザン
ミシェル・ビュトール
ジョゼ・カバニス
ギ・デ・カール
エレーヌ・シクスー
アンドレ・ドーテル
マックス・ガロ
ジュリアン・グラック
マルセル・ジュアンドー
ジャック・ローラン
J. M. G. ル・クレジオ
ミシェル・レリス
クロード・レヴィ=ストロース
フランソワーズ・マレ=ジョリス
J. P. マンシェット
A. P. ド・マンディアルグ
パトリック・モディアノ
ロベール・パンジェ
クリスチアーヌ・ロシュフォール
フランソワーズ・サガン
ナタリー・サロート
フィリップ・ソレルス
ミシェル・トゥルニエ

この人たちがものを書く際にどんなふうに仕事にとりくんでいるかを聞き出しているわけで、これはものを書くことや読むことに関心がある人にはたまらなく面白いと思う。

例えば、ロラン・バルトはインタヴュー冒頭で、こんなふうに述べている。

多くの人々が一致して、ある問題をとるに足らぬものと判断する時、一般にそれは重要な問題だということなのです。無意味、それは真の意味作用の場なのです。そのことを忘れてはなりません、決して。だからこそ、ある作家が実際にどのように仕事するかを彼にたずねることは基本的に重要なことだと私には思えます。しかも、できるだけ物質的な水準ーー私としては最低のレヴェルと言いたいほどですがーーに身を置いてそれをたずねる必要があるのです。

(同書、27ページ)

作家がなんの気なしにやっていることは、誰かに尋ねられでもしなければ当人も自覚しないかもしれないようなことが多々あると思う。もちろん尋ねられて、「こうなんですよ」と答えたことがそのまま正しいとも限らない。作家自身が自覚していないこともたくさんあると思われる。

という性質のことだけに、これだけの作家たちの話を並べて読み比べられるのは貴重な機会でもある。

時代は1970年代のことで、執筆の環境がいまとは違う点にも注目しよう。まだパーソナルコンピュータは普及しておらず、執筆の道具としてはペンや万年筆による手書きのほか、タイプライターや電動タイプライターを使うかどうかというのが選択肢だろうか。初稿をペンなどで書いておき、これをタイプに打ちながら手を入れると述べている作家も少なくない。また、執筆手段による文体のちがいのようなことについても述べられている。

また、どんな環境でものを書いているかという話も興味が尽きない。人それぞれで、これが唯一よいやり方といったものはない。ただ、めいめいが試行錯誤を重ねるなかで、自分にとってやりやすい環境を見つけたりつくったりしたのだと思われる。

今回の文庫版では、読書猿さんが解説「結果を約束しない様々な儀礼(プロトコール)」を寄せている。平民君と在野君の対話式で、編者や翻訳についての情報、フランスの知への憧憬があった時代のこと、といったバックグラウンドの話から出発して、「儀礼」という鍵概念を使ってこの本の味わいを論じ、翻ってそれが同書刊行から40年以上を経ている現代の私たちにも大いに示唆するものである、ということを説得的に教えてくれる名エッセイ(対話)で、これも折に触れて読み直したい。

私はこの本があることを、友人の中村健太郎さんから教えてもらい、そんな本があるならぜひとも読みたいと探して手にしたのだった。

このたびの文庫化で、再び手に取りやすくなったことをよろこびたい。

f:id:yakumoizuru:20230729154956j:image

なお、同趣向の本としては、読書猿さんも解説で触れておられる『パリ・レヴュー』誌に連載されている作家や詩人へのインタヴューがある。

そのうちのいくつかを選んで訳した『パリ・レヴュー・インタヴュー 作家はどうやって小説を書くのか、じっくり聞いてみよう!』(全2巻、青山南編訳、岩波書店、2015)がある。各巻に登場する11名(計22名)のお名前は、写真の帯でご確認あれ。

f:id:yakumoizuru:20230729161139j:imagef:id:yakumoizuru:20230729161144j:image

その『パリ・レヴュー(The Paris Review)』はいまも刊行されていて、名物インタヴューのThe Art of FictionやThe Art of Poemなども毎号掲載されている。

f:id:yakumoizuru:20230729161421j:image

 

関連ウェブサイト

★中央公論新社 > 同書紹介ページ
 https://www.chuko.co.jp/bunko/2023/07/207397.html

ベッカー版アリストテレス全集

先日、謎の勢いで古書店に注文したベッカー版アリストテレス全集(全5巻)が届いた。AbeBooks経由でドイツの古書店から購入したもの。

もとは図書館の蔵書だったようで、"Hausbibliothek St. Gabriel Mödling bei Wien"というラベルが見える。聖ガブリエル伝道所の図書室ということでしょうか。


これを編集したのは、ドイツの古典文献学者イマヌエル・ベッカー(1785-1871)で、彼の名前を冠して「ベッカー版」と呼ばれている。刊行は1831-1870年で、第4巻までは1837年に出ていた様子。第5巻だけ、その33年後の1870年に出版されたみたい。今回入手したのは、この1831年から1870年にかけて刊行された版。

上の各巻の背を見ると、第1巻と第2巻がギリシア語テキスト、第3巻がラテン語テキスト、第4巻がスコリア(注釈)、第5巻が断片、スコリア、索引と記されている。

 

第1巻の最初の収録作品は「カテゴリアイ(範疇論)」で、ご覧のように2コラムで組まれている。活字はかなり小さい。これを活版印刷で刷っていたというのだから、気が遠くなりそう。

いままでアリストテレスの原文は、個別の本でしか持っておらず、ベッカー版は用事ができるとネットで公開されているデジタル版で済ませていたけれど、これからは本で見ることができるようになった。

これは第1巻の巻頭に置かれた目次のページ。一見すると、ページ番号がバラバラで、「?」となるものの、収録している作品のアルファベット順に並べて、それに対応するページ番号を添えていることが分かると、「便利!」となる仕掛け。例えば「プシュケース(魂について)」を読みたいと思ったら、ギリシア語のアルファベット順を思い浮かべつつ、目次に並ぶタイトルの頭文字からΨを探せばよいわけですね。

紙の新聞や雑誌のよいところ

紙の新聞や雑誌のよいところ。

見るからに(これ、存外大事)有限の紙幅に、最初から最後のページまで順序立てて、限られたスペースに記事が配置されてあるところ。

このおかげで、各ページをどこまで詳しく読むかはさておき、ともかく最初のページから順に最後のページまでめくってゆけば、自分ではそのつもりがなかったあれこれの記事も目に入る。

それに対してウェブの新聞を何紙か購読してみて感じるのは次のようなこと。

・紙のように「この範囲内に収まっている」「これでとりあえず全部」という有限の感覚がない。

・ウェブはハイパーテキストで、読む順序は編集者ではなくユーザーが自分で決める(決めなければならない)。

・その結果、気になるところ、読みたいところばかり読むので、目に入る範囲が狭くなりがち。

いまさらながらではあるけれど、このユーザー体験のちがいは、塵も積もればなんとやらの効果をもたらすに違いないと思う。

この点、紙の本をモデルにしているPDFやKindle版はどうか、という話もあるけれど、それはまた別途。

以上のような物質的な仕組みの違いは、それを使う利用者の体験、いわゆるユーザー体験(UX)に加えて、ユーザー体験をもとにつくられる利用者の記憶に少なからぬ影響を与えるはず。それがどのような違いなのかを明確にするのは目下のところ難しいものの、両者が同じ体験をもたらしているとは言えない、というところまでは言えそう。

こういうことは、いまさらと言わず、気になったときに記録したり考え直したりするのも肝心だと思っている。

 

追記:

ウェブのよくないところ。

ニュースサイトや雑誌の電子版で、見たいわけではない広告が多数配置されていて、イヤでも気が散るところ。

 

「科学史セミナー」(ロイヤルソサエティ出版)

ロイヤルソサエティ出版による「科学史セミナー(History of science seminars)」のページ。同出版が刊行しているジャーナル Notes and Records: the Royal Society Journal of the History of Science と Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society に関するセミナーのよう。

過去に行われたセミナーはオンラインで公開もされているようなので、あとで見てみます。いま見た限りだと、次のセッションが動画で配信中。

・Edward J. Gillin, The instruments of expeditionary science and the reworking of nineteenth-century magnetic experiment (2023/02/23)

・Malcom S. Longair, The Royal Society Biographical Memoirs: highlights and experiences as Editor-in-Chief (2023/04/12)

・Robin S. Reich, Ptolemy's Almagest and the translation of diagrams in the twelfth-century Mediterranean (2023/05/17)

cassyni.com

Notes and Records誌はサイトで創刊号からデジタル版を閲覧できます。
https://royalsocietypublishing.org/journal/rsnr

Biographical Memoirs of Fellows of the Royal Society誌も。

https://royalsocietypublishing.org/journal/rsbm