2024年これからの予定

2024年の予定を記します

*リンクは、当ブログの記事へのものです。

■イヴェント

・予定はありません

■執筆

・【寄稿】宮崎智之『平熱のまま、この世界に熱狂したい 増補新版』(ちくま文庫、2024年6月)解説

・【寄稿】「共に書く、友と書く」(『現代思想』2024年6月号、青土社)

・【寄稿】「何者でもなく心を遊ばせる時間」(『ユリイカ』2024年6月号、青土社)

・【連載】「アーカイヴとウェブ上の記憶をめぐる作業日誌」(DISTANCE.media)

・【翻訳】DK社編『哲学ってなんだろう?』(拙訳、東京書籍、2024/03/08)

・【解説】エリック・ジマーマン『遊びと創造』(高崎拓哉訳、BNN、2024/04/17)

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「池上彰の大岡山通信」

「日本経済新聞」の連載「池上彰の大岡山通信」に登場しました。2024年6月12日号の同欄です。

というのは、目下勤めている東京工業大学で担当している「東工大立志プロジェクト」という講義の一環で、池上彰さん(東工大特命教授)と読書について対談をした内容の一部が同連載に掲載されたというわけでした。

東工大の新入生に話を聴くと、かなりの割合で本を読んでいないということもあり、やはり立志プロジェクトを担当している同僚の柳瀬博一さんの発案で、本を読むことについて改めて伝えようというので、このような話をしたのでした。

これは今後の課題ですが、「なにか知りたければ動画を観ればいいのに、なんでわざわざ本なんか読む必要があるの?」と感じている学生のみなさん(山本が捏造した非実在性学生ではなく実際におります)に向けて、動画視聴と読書との違いをどう伝えるかを考えておきたいと念じているところです。

なお、下記リンク先の記事は「有料会員限定」です。無料の会員登録をしていると、月に1本(!)だけ記事を読めます。

www.nikkei.com

*原因は不明ですが、記事にタグをつける機能を使おうとすると、途中で挙動がおかしくなり、タグをつけられない状況ゆえ、つけておりません。とは、自分向けのメモです。

新しい金縛りは無限ループ

以前は、よく金縛りに遭っていた。

たいていは寝入りばなに体が動かなくなる感じが生じて、さりとてそのまま無視して眠りに落ちることもできず、なかなか困るのである。

ただ、何度も金縛りに遭ううちには、抜け方も工夫できるようになった。私の場合は、首のあたりにぐっと力を入れると、金縛りを脱することができる。ただし、一度では無理で、なかなか抜けない木の株を抜くときのように、何度か繰り返すうちにあるとき、ぱっと解放されるのだった。

随分昔のことになるけれど、なにかのイヴェントだったかの打上げの席に参加したら、生物学者の池田清彦さんがいらして、少しおしゃべりする機会があった。その際、金縛りが話題になって、抜け方があると話したら、池田さんが自分もそうだというので、たしか彼の場合はどちらかの足に力を入れるのだということだった、と記憶している。

もっとも、金縛りといっても、体が思うように動かない感じがするというだけで、体の上に得たいの知れないものが載っているとか、なにかが見えるといったことはない。

寝起きの時間が乱れていたり、そもそも睡眠時間が短かったりすると、金縛りになることが多かった気がしている。

この何年かは、憑き物が落ちたように金縛りに遭わなくなった。

ただし今度は、なんと呼んだらよいのか分からないけれど、次のような目に遭っている。

やはり睡眠に関わるのだが、寝ているときに、あたかも起きたかのように感じる。つい先日は、大学の研究室の椅子に座って仮眠をとっているときに生じた。

目が覚めて椅子から立ち上がる。

たしかに立ち上がったと思ったのに、気づいたらまた椅子で寝ている。

そしてまた目が覚めて椅子から立ち上がる。

しかし、すぐにまた椅子に座って寝ている状態になる。

何度か繰り返すうちに、これは夢だなと気づくものの、目が覚めて椅子から立ち上がる感覚があまりにも現実らしく感じられるので困ってしまう。

なにか手がかりが欲しいと思い、目が覚めて椅子から立ち上がる際、目の前の机にあるパソコンのキーボードに手を伸ばしてみる。一瞬、手のひらにキートップに触れたような感触があるものの、視野には手もキーボードも映っておらず、触感だけがある。そしてまた椅子に座って寝ている状態に戻る。

数えたわけではないけれど、かれこれ十何回かそうした状態をループしたと思う。

なにより困ったのは、金縛りにも似て、自分で自分の体を動かしている感じがしないところ。映像がループするように、椅子で眠る状態から目覚めて立ち上がるまでの動きを何度も繰り返すのに、その先に行けない。

セットしてあるアラームが鳴れば、この呪縛も解けるのではないかと期待したりもするものの、それでも体が動かなかったらどうなるだろう、という想像も湧いてくる。

結果的にはなにがきっかけか分からないまま、ループを抜けて本当に目が覚める。椅子にもたれた状態で、立ち上がったりはしていない。

これもおそらくは、睡眠時間が短い場合に起きるような気がしている。金縛りの別ヴァージョンだろうか。それともまた違う現象だろうか。

「日本の古本屋」のカード決済法

いつもお世話になっている「日本の古本屋」のカード決済の仕組みが変わって、以前と比べて決済完了までに必要な手続きが2ステップほど増えた(より正確には、より簡潔な決済法が選択肢から消えて、手間の多い選択肢が残った)。

以前は、登録してあるカードでの決済を選ぶと、3桁のセキュリティコードを入力して決済完了のボタンを押したら処理が終わっていた。現在は、そのあとさらに、カード会社に登録してあるIDとパスワードを入力する処理が続く。

セキュリティ強化という面ではよいことかもしれない一方で、この2ステップはされど2ステップで、私のように年中あれこれ注文するユーザーにとっては、存外馬鹿にならない。

従来より2ステップ手間が増えたのに加えて、これを面倒に感じる要因がもう一つある。そこで求められるクレジットカード会社に登録しているIDとパスワードは、日頃滅多に入力することがないので、そのたび確認する手間を要する。また、そうしたパスワードはランダム生成した文字列だったりするので、覚えておくわけにもいかない。

つまり、「日本の古本屋」サイトでの入力の手間として増えたのは2ステップだが、ユーザー側で生じる手数はさらに多くなるわけである。

目下は「手間が増えたなあ」と感じている。これが注文行動にどう影響するのかは分からない。

ただ、大変ものぐさな自分のことを想像すると、こんなふうになりそうだと思う。

以前はちょっと気になるテーマや本があると、かなり軽率に「日本の古本屋」で注文していた。しばらくは、そんなふうに思い立ったあとで、「でも、あれを入力するのは面倒だからなあ。ぜひとも必要というわけでもないし、いまはいいか」となるかもしれない。

もっとも、こうした手続きの変更は、慣れの問題でもあるので、そのうちここに書いた気分もけろりと忘れて、再びほいほい注文するようになってもおかしくはない。

この頃、DISTANCE.mediaでインターフェイスに関する連載をしていることもあり、ウェブやアプリの操作感について、従来以上に気になるようになっているのだった。

 

オッペンハイマーの著作

ロバート・オッペンハイマーの著作についてのメモ。

Atom and Void: Essays on Science and Community (Princeton Legacy Library, Princeton University Press, 1989)というオッペンハイマーの講演と試論を編んだ本が手元にあるのですが、他の著作とどのように関係しているのかが気になって調べてみました。

下記の表記中 [IA] は InternetArchiveの略です。また、タイトルの後ろに*を付した文章は、Atom and Voidにも収録されているものです。

★A. Science and the Common Understanding (Simon and Schuster, 1954) [IA]
・Newton: The Path of Light *
・Science as Action: Rutherford's World *
・A Science in Change *
・Atom and Void in the Third Millennium *
・Uncommon Sense *
・The Sciences and Man's Community *
・Appendix I *
・Appendix II *

★B. The Open Mind (Simon and Schuster, 1955) [IA]
・Atomic Explosives--May 1946
・Atomic Energy as a Contemporary Problem--September 1947
・The Open Mind--December 1948 *
・Atomic Weapons and American Policy--February 1953
・Physics in the Contemporary World--November 1947
・The Encouragement of Science--March 1950
・The Scientist in Society --Jannuary 1953
・Prospects in the Arts and Sciences--November 1954

★C. The Flying Trapeze: Three Crises for Physicists (Oxford University Press, 1964) [IA]
・Space and Time *
・Atom and Field *
・War and the Nations *

★D. Uncommon Sense (Birkhäuser, 1984) [IA]
・Travelling to a Land We Cannot See
・The Open Mind *
・Science in Being: Research and the Liberal University
・The Consequences of Action
・Uncommon Sence *
・An Open House
・Prospects in the Arts and Sciences
・An Inward Look
・Tradition and Discovery
・Progress in Freedom
・On Science and Culture
・The Power to Act: The Scientific Revolution and its Effects on Democratic Institutions
・A World Without War
・L'Intime et le Comun--the Intimate and the Open
・To Live with Ourselves
・Physics and Man's Understanding: For the Smithonian Institution Bicentennial
・A Time in Need

★E. Atom and Void: Essays on Science and Community (Princeton University Press, 1989)

・Newton: The Path of Light
・Science as Action: Rutherford's World
・A Science in Change
・Atom and Void in the Third Millenium
・Uncommon Sense
・The Sciences and Man's Community
・The Open Mind
・Space and Time
・Atom and Field
・War and the Nations
・Appendix I
・Appendix II

つまり、EにはAとC全部とBの一部が収録されている。ということは、Eを読んだ人は、BとDを読めばよいわけです。

下記は、Princeton Legacy Libraryのウェブページです。

press.princeton.edu

斎藤哲也+山本貴光+吉川浩満「哲学入門書に入門する」

2024年5月23日(木)追記:

NHK出版新書/NHKブックスのTwitterアカウントが、当日の様子について投稿しております。

同投稿の写真をお借りして、ここにも掲載しておきましょう。会場はこんな様子でした。

 

 

2024年5月22日(水)の夜に、紀伊國屋書店新宿本店で、斎藤哲也さん、吉川浩満くんとお話しします。

斎藤哲也さんが編集している『哲学史入門』(全3巻、NHK出版新書、2024)の刊行を記念したイヴェントです。

同書は、斎藤さんが聞き手となって、哲学の専門家たちに話を聴くかたちで構成された哲学史の入門書で、斎藤さんの質問がよいこともあり、先生方の話も大いに弾んでおります。

私と吉川君は、同書第II巻「デカルトからカント、ヘーゲルまで」に設けられた「特別章 哲学史は何の役に立つのか」に登場しています。

第I巻は刊行たちまち重版だそうで、多くのみなさんが西洋哲学の森を迷い込むきっかけになればいいなと念じております。

「着席チケット」は「満席」とのことですが、「立見チケット」(!)はまだあるようです。無料でご参加いただけるイヴェントです。オンライン配信はありません。

store.kinokuniya.co.jp

ゲルツェン『過去と思索』

2024年5月の岩波文庫の新刊として、ゲルツェンの『過去と思索』(一)(二)が刊行されました。

これは19世紀ロシアの思想家・作家のアレクサンドル・ゲルツェン(1812-1870)が、40代から50代にかけて書いた自伝的回想録で、当人の経験もさることながら、彼が生きた時代についてもさまざまに記されていて、その点でも興味の尽きない本です。

今回の岩波文庫版は、以前刊行された『過去と思索』(全3巻、金子幸彦+長縄光男訳、筑摩書房、1998-1999)をもとに、訳者のお一人である長縄氏が全巻を点検して修正・改訳を施したもの、とのこと。文庫で全7冊の予定。

目下は、いろいろな時代と場所の人が、どのような教育を受けたか、どんな学術が営まれていたかという点に興味があることもあって、そういう関心から読み進めております。

いま読んでいる第1巻は、生い立ちから大学卒業までを描いた第1部と、流刑に処される第2部の冒頭を収めています。ゲルツェンが通ったのはモスクワ大学で、当時教鞭を執っていた教授陣のことなども書かれています。アレクサンダー・フォン・フンボルトが来校した際の描写もあり、そういえば同時代人だったということも思い出されたりします。

ゲルツェンが、サン・シモン主義への共感で警察から睨まれ、半ば謀略のようにして拘留され、流刑に処されたところで第1巻が終わりました。第2巻に進もうと思います。

ついでながら、目下岩波文庫に入っているゲルツェンの著作は以下の通りです。

白203-1:『ロシヤにおける革命思想の発達について』(金子幸彦訳)
青N610-1:『ロシアの革命思想』(長縄光男訳)
青N610-2:『過去と思索(一)』(金子幸彦+長縄光男訳)
青N610-3:『過去と思索(二)』(金子幸彦+長縄光男訳)

この機会にゲルツェンに関連する本もあれこれ集め読んでみようと思います。