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人はなにを「広告」だと思ってきたか

book 加島卓 〈広告制作者〉の歴史社会学 せりか書房



★加島卓『〈広告制作者〉の歴史社会学――近代日本における個人と組織をめぐる揺らぎ』せりか書房、2014/02、ISBN:4796703306


「広告」や「デザイン」といえば、今日あちこちで目にするし、なんの気なしに使われている言葉だ。でも、ちょっと立ち止まって考えてみると、じつは思ったほど(どんなほどだというのはおいといて)分かりやすい言葉ではない。ほら、そのつもりで歴史に目を向けてごらん……


そんなふうにしてページを繰ると、巻頭からこの問いが、さらに思った以上に込み入っていることが垣間見えてくる。加島さんは言う。

日本社会において「デザイン」は「広告」との関係でいろいろと意味付けられてきた。またその過程において、デザインの専門性を主張することは広告制作をいかなる職業と見なすのかという動きと深く結びついていた。しかし、広告やデザインに関する書籍の多くはこのような試行錯誤にはあまり関心を払わず、一足飛びに制作物を図録的に掲載して説明を完結させてしまう。その結果、有名な制作物を残した人が有名な制作者であるかのような記述が連鎖し、それが結果として「デザインとは何か?」に応えているかのような効果を生み出していく。つまり、私たちは「デザインとは何か?」に答えを出すというよりも、明確な答えを出さないまま、制作物を見せ続けるというやり方を選択してきた。より正確に言えば、そうやって先送りをすることが「デザイン」という言葉の使い方であるということに気づき、またそのような文脈に乗っかって専門性や職業を語ってきたのである。このように厳密な定義は回避しつつ、それでもその言葉を使い続けるという私たち自身のやり方を具体的に検討するには、本書のような作業が不可欠である。そして、この作業は「デザインとは何か?」に答えを出すというよりも、「デザインとは何か?」を語り続けることで成立する社会の具体的な姿を明らかにしてくれるであろう。要するに、本書はいくつかの新しい事例によって従来の広告史やデザイン史を書き換えるだけでなく、そもそも広告史やデザイン史がどのように登場し、それが私たちの理解の仕方といかなる関係にあるかという点を述べようとしている。

(同書、8-9ページ)


私はこの問いに深く共感する。そして、できれば同じ問いを念頭において「思想」「文学」「数学」といったあれこれの言葉について探ってみたいと考えている(「思想」については、以前、メールマガジン「αシノドス」で創刊号からしばらく連載をしたことがあった)。という連想が働いたついでに補助線になるかどうか分からないけれど、「思想事典」の類いに「思想」の説明がないような状況と、ここで加島さんが「デザイン」や「広告」について述べていることは、同じ形をしていると思う。ことさら「思想」を定義してみせずとも、「思想事典」が成立してしまったり、「思想」という言葉で話が通じてしまっている(ような効果が得られる)のが面白い。


さて、話を本書に戻そう。この本では、そんなわけで、江戸・明治期から現代までの日本において、人びとはなにを「広告」や「デザイン」という言葉(あるいはその前身ともいえるさまざまな言葉)で呼ぶようになってきたのか、そうした認識はどんな変遷を辿ってきたのか、といったことが問われる。特に「広告制作者」という立場は、それに関わる制作者や研究者にとって、どのように理解されてきたのか。これが本書で探究される問いである。


注意を要するのは、ここで問われているのが「広告とはなにか」「デザインとはなにか」「広告制作者とはなにか」といった問題に答えを与え、確定することではない、ということだ。問いはもう一段入りくんでいて、「時代や状況ごとに人はなにをもって「広告とはなにか」と考えるようになったのか」という形をしている。つまり、「広告」や「デザイン」という言葉の使用と理解は、いかなる条件の下に成立してきたのかという、歴史社会学の試みなのである。


人が自明視してきた前提や条件を検討し直すという作業は、それだけですでに面白い。だって、どうかしたら、それまで当たり前だと思っていたことが、そうではなかったと分かる驚きと発見があるかもしれないから。本書では、以下のような構成で、この問いに迫ってゆく。



■目次

はじめに


第一章 〈広告制作者〉と歴史社会学
一 問題意識:理解への問い
二 研究対象:〈広告制作者〉という職業理念
三 研究方法:事象内記述
四 先行研究:〈広告制作者〉の歴史社会学


第二章 〈広告制作者〉の不在
一 引札における署名
二 「戯作」という起源
三 代作屋書知と戯作者
四 「文案」の誕生
五 工芸における図案
六 比較の視座
七 「区別」の発見
八 参照点の不在
九 工芸図案から印刷図案へ


第三章 〈広告制作者〉の起源
一 広告の全面展開と図案家の揺らぎ
二 大戦ポスターと美人画
三 杉浦非水と七人社
四 商業美術家の誕生
五 職業理念としての〈広告制作者〉


第四章 〈広告制作者〉の自律
一 企業のなかの商業美術家
二 論理の自律
三 ポスター概念の拡張と美人画の馴致
四 語りのなかのレイアウト
五 レイアウト概念の拡張
六 報道技術者の弁証法
七 報道技術者と「書くこと」


第五章 〈広告制作者〉の成立
一 戦後のなかの戦前
二 アートディレクターと新井静一郎
三 今泉武治の消され方
四 新井静一郎という偶然
五 アートディレクターという冗長さ
六 広告業界から語る/デザイナーから語る
七 組織における技術語りの多重化
八 東京ADCの「再スタート」と広告業界の再編
九 アートディレクターの上書き


第六章 〈広告制作者〉の展開
一 商業デザイナーと批評家
二 模倣の社会問題化
三 日本調モダンデザインとグラフィックデザイナー
四 広告業界における組織の強化


第七章 〈広告制作者〉の並存
一 なんとなく、デザイナー
二 学生運動と日宣美の解散
三 モダンデザインの限界と芸術家としてのグラフィックデザイナー
四 広告業界とグラフィックデザイナー


第八章 〈広告制作者〉の歴史社会学
一 理解への問い
二 職業理念の系譜
三 本研究の意義と課題


あとがき
参考文献表
索引


■書誌


著者:加島卓(かしま・たかし)
書名:〈広告制作者〉の歴史社会学――近代日本における個人と組織をめぐる揺らぎ
装幀:千原航
発行:2014年02月28日
版元:せりか書房
定価:6000円+税


■関連文献


*加島さんが寄稿している書物。


祖父江慎+藤田重信+加島卓+鈴木広光『文字のデザイン・書体のフシギ』神戸芸術工科大学レクチャーブックス、左右社、2008/05、ISBN:4903500071
南後由和+加島卓編『文化人とは何か?』(東京書籍、2010/08、ISBN:4487804272
原田裕規編著ラッセンとは何だったのか?――消費とアートを越えた「先」』(フィルムアート社、2013/06、ISBN:4845913143


■関連リンク


⇒凸と凹の間
 http://d.hatena.ne.jp/oxyfunk/
 著者加島さんのブログ


twitter > Kashima Takashi
 https://twitter.com/oxyfunk
 一部では「論文よりツイートのほうが面白い」と定評のある加島さんのtwitter ID


CiNii > 「加島卓」の検索結果
 http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E5%8A%A0%E5%B3%B6%E5%8D%93&range=0&count=200&sortorder=2&type=0


⇒呂律 / a mode distinction > 社会学研究互助会アネックス1:加島 卓(2012)「〈広告制作者〉の歴史社会学」出版準備検討会
 http://d.hatena.ne.jp/contractio/20120811
 酒井泰斗さんが企画・主宰した検討会の予告エントリー


せりか書房 > 同書紹介ページ
 http://www.serica.co.jp/330.htm