人生で必要なことはすべて映画に教わった


ガンガンガン。激しいノックの音で目が覚める。ガンガンガン。


朝から乱暴な宅配便だ、と勝手に思い込んで玄関へ向かう。


ドアの向こうでは、毎日のように本やらなにやらがはいった箱を私のもとへ届けなくてはならない某宅配便の某氏が血相を変えてたっている。ガンガンガン。「くそ、お前はなんだってこんなに毎日俺に箱を運ばせるつもりなんだ! せめて一ヶ月に一度とかにできないのかっ! 俺はお前の本を運ぶためにこの仕事をやってるんじゃねぇぞ! 今日という今日はもう許さん! クリックなどできないように指をへしおってやる。表に出ろ! イヒヒヒヒヒ」と目を充血させてドアを肘鉄で殴りつづけているのである。スティーヴン・キング的状況の出来である。


とうとうきたか……。私は玄関に出る前にキッチンに戻って獲物を物色した。カンフー映画が教えてくれたようにビール瓶を使いたかったのだが、あいにくとカンで飲む口なのでストックがない。しかたなく昨夜空けたばかりのバーボンの空き瓶を一本、テーブルの端で割る。それとベルギーのなんとかというメイカーのよく切れる包丁を一本。ついでにアイスピックと果物ナイフをジーンズの後ろのポケットにつっこむ。出会い頭に目潰しとして使用すべく、片栗粉に細引胡椒を混ぜたものを一握り。相手が血迷ってトカレフなどを入手していることを想定して、かつてイーストウッド先生に教わったとおり鉄板を一枚シャツの下に巻き込む。


いまやスチール製のドアが破れるのではないかと思うほど強い殴打が続けられている現場へ向かう。奴さんの狂態を確認するために、ドアのレンズ窓から外をうかがう。


するとと。ガンガンたたかれているのは隣のドアだった。しかもたたいているのは日々の使役にキレてしまった宅配便の配達員ではなく、ダークスーツの若者。おお、なにやら映画でヤクザを演じる長渕剛みたいな所作だ。どうやら弟役の翔はいないようだ。やや興ざめするも、なにが起ころうとしているのかを見定めるべく観察を続ける。


まさか新手の宗教勧誘?(ガンガンガン、わかってるんですかー、もうすぐハルマゲドンが来るんですよー、のほほんとしている場合じゃないんですよー、とか) それとも、喧嘩して家を追い出された旦那か恋人だろうか(ガンガンガン、悪かった、俺が悪かった、後生だから〔なンていまでも使うのだろうか〕許しておくれ、な? おい、聴いてんのか!)。


手にもった包丁などを少しくもてあましつつなおも観察を続けていると、男がおらびはじめた。「●●さーん、出てきてくださーい。いるのはわかってるんですよー。出てくるまで帰りませんからねー」 けだるそうで形ばかり丁寧な男の声。


なんだ、そういうことか。状況がわかってサスペンスは消えうせた。私は獲物をもとあった場所に戻し(ただし、バーボンのビンだけは廃棄した)、ベッドに戻った。


眠りかかったそのとき、今度はまちがいなくうちのドア・ベルが鳴った。すわ、と先ほど同様の手順で獲物を用意しそうになったものの、考え直して玄関へ出てみると、今度は本物の宅配便屋であった。


「八雲さん、毎度! いい天気ですねぇ。今日は、日本のamazon からですよ。いやあ、よかった!」――宅配配達員は、そういうとさわやかな笑顔を残して去った。箱を開けてみると、いつ注文したのかも忘れていたジャック・タチのDVDセットだった。『プレイタイム』のあの曲がどこからともなく聴こえてきた。おお、ユロおじさん、ご機嫌はいかがですか? これで私はいつでもあなたにあうことができます(ただしちと狭い場所ですが)。


ところで配達員よ、なにがよかったのだ?