★賢い黒犬(雑種)

ジョーという名前のかわいい黒犬がいました。それはとても賢い雑種で、わたしはかれにむかって自分の神秘的な詩を読み聞かせてやったものでした。あの犬は古代エジプトの神の生まれ変わりだったのだとわたしはかたく信じているのですが、床を脚でひっかいて詩の韻律をわたしに示唆してくれ、その動物的でもあり神がかりでもある区切りに合わせて、わたしは自分の詩を区切り、音楽に変えたのです。

アントニオ・タブッキフェルナンド・ペソア最後の三日間』(和田忠彦訳、青土社、1997)

★革命は短調で訪れる
五十嵐一『音楽の風土――革命は短調で訪れる』(中公新書737、中央公論社、1984)は、「〔イラン〕革命の前後に響いた音楽を一つの象徴として捉え、そこから逆にイラン革命の全貌を透視」しようという一冊。まだ途中までしか読んでいないけれど、これはおもしろい。

「……イランの巷に渦巻いていた皇帝への怨念がふっ切れたかのように、革命直前に皇帝が最後の旅立ちをする頃響いた唄声は、誠にカラッとしたものであった。その文句こそ『シャーハーンシャ・マルグ・バル・シャー!』(皇帝に死を!)というドギツイ内容であったが、そのメロディーたるやド・ミ・ソ・ラ・ソ・ミ・レ・ド、と明るいト長調であったからである(譜例1)」



本書には、革命の渦中かの地で歌われた音楽の譜面が歌詞つきで採録されている。ピアノの前に座って適宜鍵盤をたたきながら読むとなお愉快である。ただし、困るのはときおりあらわれる微分音。歌詞の原語はアラビア語だけれど、著者が読者サーヴィスで(?)カタカナ表記にしてくれているので、とりあえずなんとかなる。楽曲全体が採録されている「マラー・ベ・ブース」(われに口づけを与えよ)を歌えば、気分はもう革命。


歌詞のカタカナ表記といえば、いつぞや渋谷のタワーレコードでショスターコヴィチの楽譜に「歌詞カタカナ表記つき! これでロシア語が読めなくても歌える!」というポップがついていて可笑しかった(あのポップにどれだけ踊らされてきたことか。って自ら好んで踊らされてもいるわけですが)。


(「まえがき」に当時中央公論社で新書を担当していた笠井雅洋(矢代梓)氏の名前が。)