★『ミリオンダラー・ベイビー』(133min, 2004)
「ボクシングってのは自然に反した行動なんだ」声が囁いた。「おれが言ってることがわかるか? ボクシングは、何もかも生きることに反している。左に動きたいなら、左側に踏み出してはいけない。右の爪先を出すんだ、こんな具合にな。右に動くには、左の爪先を使う。ほら、な?」
ボクシング・ジム「ヒットピット」を経営するフランキー・ダン(クリント・イーストウッド)のもとに、彼のトレーニングを希望する女性ボクサー・マギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)が訪れる。女はトレーニングしない、と断るフランキーだが、マギーは退かず、ウエイターの仕事をしながらジムに通い続ける。
もくもくとサンドバックにパンチを入れるマギーだったが、トレーナーの的確なアドウ゛ァイスがなければ上達は見込めない。マギーは優れたトレーナーの必要性を痛感していたのだ。ジムに住み込みで働く雑役夫で元ボクサーのミスター・スクラップ(モーガン・フリーマン)は、彼女の熱意を見かねてパンチのこつを教える。
やがて頑固なフランキーも折れてマギーにトレーニングをつけると、彼女はたちまち能力を伸ばし、試合も連戦連勝。ついにロシアのビリー”ブルー・ベア”アシュトラコフ(ルシア・レイカー〔本物のボクサー〕)とのタイトル・マッチに臨むのだが……。
幼いころに唯一の理解者であった父を喪い貧窮に駆動されてボクシングに打ち込むマギー。その心身が、フランキーとの協力によってボクシングに向けて鍛え上げられてゆく過程は、それだけでも見ていて気持ちが好い。頑固で屈折した老フランキーは娘との間に問題を抱える。かつて栄光をつかみかけながらも右目の失明でおちぶれたスクラップは、ジムの雑務をこなす傍らで旧友でもある口の悪いフランキーを静かに見守る(彼はこの映画の語り部でもある)。
こう書いただけではよくできた(そしてよくある)ボクシングものなのかと思われてしまうかもしれないけれど、そうではない。こういってよければ、前半で描かれるボクシングはマギーとフランキーの生を輝かせる第一ラウンドで、映画の後半にはさらなる第二のラウンドが待っている。
イーストウッドによる静かな音楽を聴いていると、なぜかチャップリンが重なってくる。監督にして作曲家だからということもあるけれど、イーストウッドもチャップリンも、作風やテーマの違いはともあれ、人間の関係が深まりながらかわりゆく様にじっくりと眼差しを注いでいるように思えるからだろう。そういえばそのチャップリンにも、チャーリーがお金ほしさにボクシングの試合にでる話があった(『街の灯』)。
この映画の原作となった「ミリオンダラー・ベイビー」(Million $$$ Baby)を含む短編小説集『テン・カウント』(Rope Burns)(2000年)は、著者F.X.トゥール(F. X. Toole[Jerry Boyd], 19930-2002)が70歳で世に送った最初で最後の作品。本作のほかにも味わい深い五篇のボクシング小説が収録されている。現在は、『ミリオンダラー・ベイビー』(東理夫訳、ハヤカワ文庫NV17-1、早川書房、amazon.co.jp)に改題されている。
⇒『ミリオンダラー・ベイビー』
http://www.md-baby.jp/
⇒IMDb > Clint Eastwood(英語)
http://www.imdb.com/name/nm0000142/
⇒CLINT EASTWOOD: THE WORLD WIDE WEB PAGE(英語)
http://www.clinteastwood.net/welcome.html