「紙の本のつくり方」(ゲンロンカフェ@ボルボ スタジオ 青山)持参ブックリスト

7月26日にボルボ スタジオ 青山で開催されたゲンロンカフェのイヴェント「紙の本のつくり方」で、祖父江慎さん、津田淳子さんとお話ししました。

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(トークイヴェントの様子/撮影:ゲンロンカフェ)

津田さんが創刊し、編集長を務める「デザインのひきだし」(読者として、毎号どうやってあのようなものをこしらえているのかと気になっていました)にまつわる紙や製本の技術や創意工夫のお話、部屋を丸ごと『坊っちゃん』にしたり、同書を一枚の葉書にすべて印刷したり、物質としての本の遊び方を楽しむための雑誌をつくったり、とどまるところを知らないブックデザインの実験についての祖父江さんのお話、いずれも「こういうことを知りたい」「こういうものをつくってみたい」という飽くなき探究心と対象をとことんよく観察する眼と手がエンジンとなっているのだという次第をひしひしと感じる2時間半でした。話の内容はもちろんのこと、人を引き込まずにはおかない話しぶりも愉快で、祖父江さんも津田さんへの敬意を新たにした次第です。

さて、当日は三者それぞれに本を持ち寄って、それを見ながら話そうという趣向でした。私は祖父江さん、津田さんのように、本づくりのプロフェッショナルではなく、今回は本のユーザーとして呼ばれたのだと考えました。そこで、本を使う立場からなにかお持ちしようと選んで、よせばいいのに明らかに時間内で紹介しきれるはずもない冊数を鞄に無理矢理詰め込んではせ参じたのでした。

どんな本を持ってきていたのかというお尋ねをいただいたので、ここにお示しします。イベントで触れた本は、書誌の後ろに「*」をつけます。

(気が向いたら、後で書影やリンクも入れます)

 

■1:目録――集める・分ける・一望する

本を使う者として、いつも大変ありがたいと感じているものの一つに、目録(catalogue)があります。

現在では、ウェブにもさまざまな種類の目録があって検索もかけられますし、探し物をするという点では、コンピュータを使うほうが断然便利です。他方で、紙の目録にも固有の利点があると感じています。うまく伝わるかどうか覚束ないのですが、「この有限の紙束に、このテーマに関連するものが集め置かれている」という感覚です。ウェブやデジタルデータでこの感覚を得るのは難しくもあります。限られた面積のディスプレイを駆使して、厖大なデータの一部を見るというのが基本形だからかもしれません。

(こう書くと、本が好きでデジタルを蔑んでいるように感じる人もいるかもしれません。誤解なきよう言い添えれば、私はかれこれ35年ほどコンピュータを愛用しています。本とコンピュータは違う道具だというだけのお話でもあります)

というわけで、目録を何冊か選んだのでした。

 

★01. Daniel Rosenberg and Anthony Grafton, Cartographies of Time: A History of the Timeline (Princeton Architectural Press, 2010)

ダニエル・ローゼンバーグ&アンソニー・グラフトン『時間のカルトグラフィ――年表の歴史』といって、主に欧米における年表の歴史を追跡する図録のような本です。フィルムアート社から刊行予定で、吉川浩満くんと共に翻訳中。 

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★02. 『国立国会図書館所蔵 明治期刊行図書目録』(全5巻+別巻、紀伊國屋書店、1971-1976)*

国立国会図書館の蔵書のうち、明治期に刊行された本について編まれた目録です。ちゃんと数えていませんが、10万冊以上が掲載されているようです。今回一番重かった本。

・第1巻:哲学・宗教・歴史・地理の部
・第2巻:政治・法律・社会・経済産業・統計・教育・兵事の部
・第3巻:自然科学・医学・農学・工学・家事・芸術・体育・諸芸の部
・第4巻:語学・文学の部
・第5巻:総記・児童図書・欧文図書・補遺の部
・別巻:索引 

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★03. 『国書刊行会出版目録 日本古刻書史全』(明治42年=1909、国書刊行会)

国書刊行会が刊行した本の目録です。ただし、この「国書刊行会」は、われらが国書刊行会ではなく、次のような組織です。

今泉定介(定助)・市島謙吉の両名が相談して組織した編集団体。災害のため天下の一本が失われていくことや、大部の著作が出版として引き合わず埋もれてしまっていることを惜しみ、これらを編集出版し、毎月二冊の割合で会員に配本する目的で作られた。大隈重信を総裁とし、重野安繹を会長として、明治三十八年(一九〇五)に東京で設立。編輯所を京橋(中央区)の吉川弘文館の倉庫の二階に置いた。はじめ国書保存会と称そうと考えたが、重野の提案で国書刊行会となった。

(『世界大百科事典』JapanKnowledge版)

 この本の後半にある『日本古刻書史』は、百万塔陀羅尼をはじめとする日本の古い印刷物の歴史を説いたものです。とりわけ、途中途中に挟まれている古い史料の模刻が面白く、これを祖父江さんと津田さんに見てもらってお話ししたいなと思っていたのでした。にもかかわらず、お見せしそびれるという失態。

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この本は、国立国会図書館でもデジタル版が公開されています。

 

★04. Elias Muhanna, The World in a Book: Al-Nuwayri and the Islamic Encyclopedic Tradition (Princeton University Press, 2018)*

アル=ヌワイリー(1279-1333)というマムルーク朝に仕えた歴史家は、『文芸諸術における目的の達成』という百科全書をつくったことで知られています。『本のなかの世界――アル=ヌワイリーとイスラムの百科全書の伝統』と題されたこの本は、アル=ヌワイリーの同書を英訳したエリアス・ムハンナ氏による研究書。『本のなかの世界』という書名を示したくて持参したのでした。嘘でも仮でも、この1冊の本のなかに世界が収まっているという状態を示すものとして。

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★05. Shihab al-din al-Nuwayri, The Ultimate Ambition in the Art of Erudition: A Compendium of Knowledge from the Classical Islamic World (Edited and Translated by Elias Muhanna, Penguin Classics, 2016)

上記したアル=ヌワイリーの本の抄訳です。訳者のエリアス・ムハンナ氏による解説と注釈つき。アル=ヌワイリーは、世界を「天文・地誌」「人間」「植物学」「動物学」「歴史学」に分類しています。

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★06. André-Marie Ampère, Essai sur la philosophie des sciences (1838)*

電気力学の業績でよく知られているアンペールが書いた『学術の哲学試論』という本です。この本でアンペールは、当時知られていたあらゆる学術に加えて、こういう学術があってよいはずだというものも含めて網羅的に分類しようとしています。

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■2:索引――探す・知る・見つける

次に本の利用者としてありがたいものとして、索引を選びました。全集類にはときどき索引だけを集めた巻がつけられており、これが大変便利で面白いのです。索引もまた、上に書いた目録と同様、「わざわざ紙の索引なんてもう要らないよ。インターネットのアーカイヴで検索すればいいじゃない」と思われるかもしれません。一理あります。電子書籍やファイルのなかから特定の言葉を探すのはとても便利ですね。他方で、索引にはただ検索するのとも違う意味があります。そもそも検索する際には、検索語を思いつく必要があります。索引は、その本がどんな語彙からできているかを見せてくれる本の成分表示でもあります。私は本を読むとき、はじめに目次を見て、次に(ついている場合は)索引を読み、それからようやく本文に入ります。索引を眺めると、その本で何度も言及されるキーワードや、頻度は少ないものの引き合いに出されている要素などが分かり、これが読み進めるときに役立つことが多いからです。

というわけで、索引を1冊持参しました。

 

★07. 『プラトン全集別巻 総索引』(岩波書店、1978)

この索引は、言葉とページの対応だけでなく、その言葉が使われる文脈も分かるようにつくられており、「プラトン全集」を発見的に読むのに使える道具でもあります。今回2番目に重かった本。

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■3:マルジナリア――感じる・考える・書く

本を使うという点では、やはり余白やページへの書き込み、マルジナリアをご紹介したいと考えました。そこで、恥ずかしながら自分がたくさんの書き込みをしながら読んでいる本を何冊かと、関連する本を選びました。マルジナリアについては、『本の雑誌』(本の雑誌社)で「マルジナリアでつかまえて」という連載エッセイを書いています。

 

★08. Maurizio Forilla, Marginalia figurati nei codici di Petrarca (Biblioteca di "Lettre Italiane" Studi e Testi LVX, Leo S. Olschki Editore, 2004)*

ペトラルカ(1304-1374)が写本に施した書き込みを研究した本。指の書き込みとおじさんの顔の書き込みについてイベントでもお見せしました。

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★09. 本居春庭『詞八衢(ことばのやちまた)』(文化3年=1806)*

本居春庭(1763-1828)の主著。日本語の活用形とてにをはのつながりを論じている。イベントの際は、祖父江さんが和本のお話をされた際にお見せして、私が話す際にもこの本への書き入れについて説明しました。

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★10. 夏目漱石『文学論』(上下巻、岩波文庫、2007)*

以前から漱石の『文学論』が読めないのに気になり続けていて、繰り返し読みながら、そのつど書き込みをしてきた本の一つです。後に『文学問題(F+f)+』(幻戯書房、2018)という『文学論』を読み解く本を書くことになってから、この書き込みに何度助けられたことでしょう。

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★11. 西周『百学連環」(明治3年=1870/71)*

同じくだいぶ前から気になって読んでいた西周の「百学連環」です。これも後に、大学院で講義をしたり、『「百学連環」を読む』(三省堂、2016)という本を書く際、過去の自分のマルジナリアに助けられました。

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■4:ものとしての本――手にとる・棚に並べる・眺める

本の利用者として、もう一つ大事なのは、ものとしての本は、手にとったり机に置いたりして読むのはもちろんのこと、部屋なり書棚なりに並べて置かれることです。その際、やはりどのような大きさで、どのようなデザインが施されているかは大事な要素だと思います。また、本の装幀や外見は、人がその本を記憶したり認識したりするための手がかりにもなります。

 

★12. Isaac Newton, Philosophiae Naturalis Principia Mathematica (Kronecker Wallis, 2017)

アイザック・ニュートン(1642-1704)の主著『自然哲学の数学的基礎』(1687、通称プリンキピア)の英訳本(原典はラテン語)を新たにデザインした版。この本を出したKronecker Wallisは、同じようにして自然科学や数学の名著をデザインしなおして、美しく読みやすい本として提供しています。私も、この先長くつきあうはずの本を、こんなふうに自分の気に染む形にしたいなという気持ちもそそられます。

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★13. Isaac Newton, Opticks (Kronecker Wallis, 2018)*

同様に、Kronecker Wallisがデザインしなおしたニュートンの『光学』(1704)です。表紙は光を反射して虹色に変化する紙を、中は全7章を、ニュートンが提唱した虹の7色(これは音楽の7音にも対応させられています)に割り当てて、ページののどに着色するという懲りよう。

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★14. The Happy Reader (Penguin books)

ペンギンブックスが刊行している文芸誌です。毎号、1人の人物へのインタヴューと、ペンギンクラシックスから1冊を選んで紹介するエッセイから成る雑誌。ざらざらした紙と、目にもうれしいデザインが気に入っています。持参したのは最新号の第13号。俳優のオーウェン・ウィルソンへのインタヴュー、本はマルクス・アウレリウスの『自省録』です。ペンギンブックスの装幀を集めたすばらしい本もお持ちしようと思ったのですが、ここまでに選んだ本ですでに重量オーヴァー(背負って歩くと、一歩一歩、足が地面にめり込むような感覚)で断念しました。こういう雑誌を自分でもつくってみたいな、と読むたび思うといいつつ、全然手を動かしていないのだからしょうがないのでありました。

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■5:本の使い方――本と人間のあいだで起きること

本の利用者としては、本をどのように使うことができるかという点がやはり気になります。これまで人は、本をどんなふうに使ってきたのか。本の利用の歴史については、近年いろいろな本を見かけるようになってきましたね。

 

★15. Interacting with Print: Elements of Reading in the era of print saturation (University of Chicago Press, 2018)*

本と人とのインタラクション(やりとり)の歴史を研究するグループによる本。『紙とのやりとり――印刷が溢れる時代の読書の要素』。マルジナリアについて触れた章も入っています。

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――というわけで、ゲンロンカフェでの祖父江慎さん、津田淳子さんとのイヴェント「紙の本のつくり方」に持参したのは以上の15冊でした。またお二人の話を伺う機会があればと切望しています(今度は客席でよいから)。本当に愉快な宵でした。