★ギョーム・アポリネールアポリネール全集III』青土社、1979)#0332*


ある方から示唆を得て、ギョーム・アポリネール(Guillaume Apollinaire, 1880-1918)の戯曲「ティレシアスの乳房」(Les Mamelles de Tirésias)(上演1917、出版1918。ただし、アポリネールの「序」によると、大部分は1903年に書かれたものとのこと)を読む。


この戯曲には、「シュルレアリスム演劇」という副題がつけられている。この「シュルレアリスム」(Surréalisme)という言葉は、アポリネールが自作の戯曲の舞台装置(担当ピカソ)を見て造ったものといわれている。この戯曲につけられた「序」において、アポリネールはこう述べている。

私は自分のドラマを特色づけるために新語を活用したが、そうしたことは稀にしかないのだから、どうかお許し願いたい。そして、私はシュールレアリストなる形容詞をでっち上げた。この形容詞は新聞の演劇欄でヴィクトール・バッシュ氏が考えたように、象徴的という意味を全く持たない。だが、芸術の一つの傾向をかなり明確に示している。その傾向は、太陽のもとにある一切のものと同じように新しくはないけれども、少なくとも、いかなる主義、文学的、芸術的ないかなる主張を表現するのにも、役立つようなことは絶対になかった。

(邦訳書、279ページ)


この「序」において、アポリネールは、それがどのような形容詞であるのかを具体的には述べていないのだが、自然主義的に事実を模倣するのとは異なる方法で自然を表現することを目指しているらしいことがうかがわれる。以下のくだりは、アポリネールが考えるシュールレアリスムの内実を示している。

人間は歩行を真似しようとして、脚とは少しも似ていない車輪を創り出した。こうして人間は、それとは知らずにシュールレアリスムを実践したのだ。

(同書、280ページ)


歩行を模倣するために、人間の脚とは異なるものを通じて実現することをアポリネールシュールレアリスムの実践であると言う。表現が自然そのまま(この「自然」という言葉も厄介なものなのだが)ではないとしても、単に模倣するよりもかえって結果的に自然をよく表すものであることであることが目指されていることが知られる。


この戯曲「ティレシアスの乳房」は、そうした意味でシュールレアリスムの面目躍如した作品だ。子供なんかいらないし、夫の世話ばかり焼く生活もごめん——男性社会から与えられる女性の位置に甘んじることに嫌気が差した主人公テレーズの身体から、ある日乳房がなくなる(テレーズの身体から風船やボールが取り出されて捨てられる)。脱女性化したテレーズは、自由を手にして抑圧された女性にはかなわなかった仕事に邁進する。


他方で、テレーズに捨て置かれた夫は、こともあろうにかくなるうえはと、自分で子供を拵える(その数40050人)。子供をたくさん拵えれば将来の生活は安泰だ、という次第。どうもフランスの少子化傾向に対して、アポリネールは子供をつくりましょう、と主張したかったようだ。


最後にテレーズは夫と再度結びつくのだけれど、乳房はなくなったそのままであるところがおもしろい。夫ははじめ、乳房をもどすようにと風船やボールをテレーズに手渡そうとするが、テレーズは「どっちもなしですませたじゃあないの/前のとおりに続けましょうよ」と言い、夫も「ほんとだ よけいな手間はかけないことだ」と受け入れている。


戯曲は、子作りを勧めるものなのだから、テレーズと夫もこの劇に描かれた後日は子をなすと考えるのが順当なのだろうけれど、テレーズが乳房を失ったまま復縁することから考えると彼女と夫のあいだには子はつくられないのかもしれないとも読める(あるいは夫が一人で40050人拵えたからそれ以上要らないのか)。


アポリネールは若書きの作品だから勘弁してくれ、と言っているけれど、20世紀初頭に書かれたこの戯曲、いまだに幾重にも現実味があり、ベタな模倣とは別の仕方で——シュールレールに——現実を照射している。


この戯曲には、後年フランシス・プーランク(Franç Poulenc, 1899-1963)が曲をつけている。私が参照したディスク(後述)の解説によると、1917年の初演時にはジェルメーヌ・アルベール=ビロというアマチュア作曲家の曲が用いられたとのこと。プーランクが手がけるまえに、サティとオーリックに打診があったものの、二人とも断ったらしい(家里和夫氏の解説による)。


上記したディスクは、アンドレ・クリュイタンスが指揮をとった1953年の演奏を収めたもので、「アンドレ・クリュイタンスの芸術(オペラ編2)」の一枚(TOCE-7881)。ちなみに amazon.co.jp で検索すると、同サイトから入手できる「ティレジアスの乳房」全曲を収めたディスクは、サイトウ・キネン・オーケストラによる『プーランク:ティレジアスの乳房』(ユニバーサルクラシック, 1997, amazon.co.jp)だけのようだ。


なお、本戯曲を収録したアポリネール全集III』には、以下の作品が収められている。

・「坐る女」(La Femme Assise)
・「一万一千の鞭(抄)」(les Onze Mille Verges)
・「若きドン・ジュアンの手柄咄」(Les Exploits d'un Jeune Don Juan)
・「テイレシアスの乳房」(Les Mamelles de Tirésias)
・「時の色」(Couleur du Temps)


⇒翻訳作品集成 > ギョーム・アポリネール
 http://homepage1.nifty.com/ta/sfa/apollina.htm