たった161の冴えたやり方



★メイソン・カリー『天才たちの日課――クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』(金原瑞人+石田文子訳、フィルムアート社、2014/12、ISBN:4845914336
 Mason Currey, Daily Rituals: How Artists Work (2013, ISBN:1447271475)


先生(でもある)という仕事柄、学生からよく質問されることがある。私が教えているのは、もっぱらゲームやプログラムの作り方だ。


例えばそれはこんな質問である。

――どうしたらそんなふうにアイディアを思いつけるようになりますか。
――ゲームの企画書をうまく書けるようになるにはどうしたらいいですか。
――自分で一からプログラムを作れるようになるにはどうしたらいいですか。


などなど。


どう答えたらよいか、はじめのうちはいろいろ考えてみたが、結局のところ、こう答えるほかはないと思い至った。

晴れても降っても、機嫌のいいときでもそうでないときでも、とにかく毎日作ること
(ただし、病めるときや調子の悪いときは除く)


要するに、誰から頼まれなくても、宿題を出されなくても、手と頭を動かすこと。それを習慣にすることだ。念のため申し添えれば、これはなんらかの創作を仕事にしたいと考えている人の話。そうでない場合は、そんなことをする必要はもちろん、ない。


学生たちは、よく「スランプだ」「モチベが湧かない」といって、しばらく何もしないでいることがある。それもそれでいいと思う。


他方で、なにかを毎日繰り返していくと、やがて自分のコンディションを問わず、安定してそのことをできるようになるのも確かだ。要するに、体に覚え込ませるのである。例えば、バイクを運転するとか、調理をすること、言葉の読み書きや会話に習熟しようと思ったら、なにはともあれたくさん繰り返すのがなによりであるように。


とはいえ、身近にそういう習慣をもった人がいないと、なかなかイメージしづらいかもしれない(特にゲーム作家は、いくら昔より増えたとはいえ、そのへんにごろごろしているものではないだろうから)。


このメイソン・カリーの『天才たちの日課』は、そういう意味でも得難く面白い本だ。


というのも、この本には161人の創作家たちが、どんなふうに日々を送り、創作に勤しんだかというエピソードを集めてあるのだ。


中には作家のフランシーン・プローズのように、当初は規則正しいスケジュールで執筆する習慣が、こんな具合に変わったという人もある。

私のスケジュールは、ずっといい加減なものになった。いつでも、書けるときに書く。時間さえあれば数日でも、一週間でも、一ヵ月でも書く。田舎へこっそり出かけて、ネットにつながっていないパソコンで仕事をする。世間がどこかへ消えうせているあいだ、時間と手段の許すかぎり、紙の上に言葉を書きとめる。順調なときは、一日中でも書いていられる。そうでないときは、長時間、庭いじりをしたり、冷蔵庫の前で立っていたりする。

(同書、104ページ)


あるいは、進化生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールドはこんなふう。

基本的には、始終仕事をしている。テレビはみない。だが、これは仕事じゃない。仕事じゃなくて、生活だ。毎日やっていることで、やりたいことなんだ。

(同書、347ページ)


登場する161人は、みんなバラバラで人それぞれ。もちろん、どのやり方がよくて、どのやり方が間違っているという話ではない。「このやり方がベスト」だなんて決定打はない。ただ、状況に応じてこんなにも多様な習慣のつくり方があるのか、ということは見知っておいて損はないだろう。「参考にしよう」という下心がないとしても、人びとの生活ぶりを眺めるのは、実に楽しい。


凡才の身で、自分の例を並べるのはなんだかおこがましくもあるけれど、ことのついでに私の習慣をちょっとだけご紹介しよう。


a) 自宅で仕事をする場合でも、外出するのと同じように身繕いをして、着替えること。
b) ものを考えるときは、まず歩くこと。


aは、以前インタヴューかなにかで、ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツが述べていたことだ。服装と仕事になんの関係があるのかと思う向きもあるかもしれないが、少なくとも私の場合、着替えることでスイッチが入る。


bも、このことに気がついてからは、ともかく散歩をすることにしている。新しいゲームのアイディアを考えているときや、原稿に取り組んでいるとき、ぶらぶら歩くと机に座っていたのでは思いつかなかったかもしれないひらめきが降ってくることが多い(ついでに言えば、そのまま机に戻るとまた忘れてしまいそうな気がするので、思いついたらその場でメモをとっている)。


どうも、見慣れた机に固定しているときと、遊歩しているときとでは、頭の働き方が違うようなのだ(当然といえば当然かもしれないが)。書棚をひとわたり眺めることにも同様の効果がある。要するに、目や耳や肌から入ってくるものを変化させることで、脳裡にある問題を新たな角度から眺めるヒントが得られるということなのだと思っている。


本書に話を戻そう。原題 Daily Rituals: How Artists Work(日課――創作家たちの働き方)に見えるように、この本は主に作家や芸術家、音楽家を取り上げている(日本からは村上春樹さんが入っている)。アインシュタインダーウィンといった科学者も一部入っているが、数としては少ない。科学者や各領域の学者の日課を集めた本もあればぜひ読んでみたいものだ。姉妹編として出ないかしら。


それはともかく、創作を学ぶ学生のみなさんに配るブックリストに、次回から本書を入れようと思う。


■書誌

著者:メイソン・カリー
書名:天才たちの日課――クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々
訳者:金原瑞人+石田文子
頁数:358+xv pages
版元:フィルムアート社
発行:2014年12月
価格:1800円+税


■関連ウェブサイト


⇒フィルムアート社 > 同書紹介ページ
 http://filmart.co.jp/books/composite_art/2014_10_27/
 本書に掲載されている161人の名前も掲載されている。


⇒Mason Currey
 http://www.masoncurrey.com/
 著者のウェブサイト