書物のなかで省略されているもの


ヘンリー・ミラー『北回帰線』(本田康典訳、「ヘンリー・ミラー・コレクション1」、水声社、2004/01)

「いまぼくの興味をひどくそそるものが、たったひとつだけある。それは書物のなかで省略されているすべてを記録することだ。だれひとりとして、ぼくの知るかぎりでは、ぼくたちの人生に方向づけと動機づけを与えている大気中の、あの諸元素を利用していない。殺人者だけがやや満足すべき程度の方向づけと動機づけを生から引き出しているようだ。時代は暴力を要求しているのに、ぼくたちが目にするものは不完全な爆発だけだ。革命は未然に食い止められるか、でなければあまりにもてっとり早く成功する。熱情はすぐに枯渇する。人びとはいつものように、観念の世界に後退する。二十四時間以上も持続しうることはなにひとつ提案されない。ぼくたちはわずか一世代のうちに百万の生涯を生きている。昆虫学、深海生物、あるいは細胞活動の研究において、ぼくたちが引き出すのは、もっと多くの……」