談話室最強の論客


今日も今日とて性懲りもなく談話室滝沢に足を運ぶ。


相棒と目下取り組み中の仕事について談話をするあいま、私ははばかりへおもむき用を足していた。


そこへまだ五歳か六歳かという少年があとからやってきた。西部劇の酒場の場面で、流れ者のガンマンがふらりとドアを押し開けるといった風情。おお、こんなに小さなうちから談話道に精進するとは感心かんしん。と思っていたら彼がいきなり早口で語り始めた。「ねえ、お兄ちゃん知ってる? ××っていうゲーム。そこのゲームセンターにあるやつ」 出会い頭の早撃ちである。


はばかりには少年と私のほかに人影はない。まさかこのような場所、このようなシチュエーションにおいてこのような話題の談話をしかけるとは、こやつ何者? かつて書店の魔術書の棚の前(しかしなんちゅう場所だ)で見知らぬ青年から「ひょっとして、あなたは魔方陣とか描いたりされませんか?」と語りかけられたとき以来の驚愕を内心に押し殺しながら、「ああ、知っているさ」と肯った。


「それでね」少年は、私のせいいっぱいの反撃にひるみもせず、それが当然の反応だし君ならそう言うと思ったよ、といわんばかりに話を続ける。自分はいかにそのガン・シューティング・ゲーム(拳銃形のコントローラを使って画面にあらわれる悪漢に銃口をむけて引き金を引くゲーム)のプレイに長けているか、それが証拠に前回のプレイでは数々の危機にみまわれたにもかかわらず華麗な拳銃さばきで危機を脱出して敵を撃ちたおした次第を、ときに『男たちの挽歌』のチョウ・ユンファを彷彿とさせるアクションを交えながら雄弁に語る(不覚にもそのとき、談話室・滝沢のはばかりの空間が一瞬、銃撃戦が繰り広げられつつある港の倉庫に見えてしまったことを告白しておきたい)。


完全に少年のペースに巻き込まれた私は、ガン・シューティング・ゲームの腕前では、お兄さんだってちょっと人後に落ちないんだぜ、と自慢するゆとりさえなく、防戦を強いられ、彼の腕前をほめたたえる役回りに始終することを余儀なくされた。


洗面台で手を洗う段にいたって、少年はあいかわらず滑らかにゲーム談義をつづけながらボトル入りの液体石鹸を手にとった。そのときである。彼の攻撃に一瞬の隙ができたのは。少年は、ボトルの中の液体がノズルから出たところで泡に変化することにたいそう驚いている。「ねえ、お兄ちゃん、これすごいよ! 液なのに泡になるよ!」


あとから思えばここで「ああ、そうさ。それはかくかくしかじかの仕組みによって液体が泡になるのだよ、少年」と、反撃することができたはずの私はしかし事態のなりゆきに完全に呑まれていた。


「石鹸はよく洗い流すんだよ」――ようやくそれだけのことを述べた私は、なおもなにかを言い募る少年の声を背中にほうほうのていで少年から逃げ出したのであった。