哲学という大河


中央公論新社創業120周年記念出版の『哲学の歴史』全12巻+別巻1の本篇が完結した。


管見では従来、日本語で書かれた哲学史のまとまった通史的叢書というと、『思想の歴史』(全11巻、平凡社、1965-66、ISBN:B000JBCOIG)くらいしか見当たらなかった。同叢書は「哲学」ではなく「思想」と銘打ち、中国、インドなども視野に入れている(本エントリー末尾に全巻構成を記した)。これはこれで便利なのだけれど、1960年代に刊行されたものだけに、当然のことながらその後半世紀の思想史やその間の研究動向はフォローされていない。そういう意味でも、古代から現在までをカヴァーしたこのたびの中央公論社哲学史叢書は、まことにありがたい企画。


なにしろたっぷり12巻を費やして、おおむね1章ごとに1人の哲学者(ときに複数)の概説を掲載してあり、全巻の目次を通読するだけでも、哲学史の大きなうねりが見えてくる。各巻のサイズもハンディでとりまわしやすいのがうれしい。


古代ギリシアに発祥した哲学の歴史だけに本叢書の対象はもっぱら欧米が中心である。個人的には、もうちょっとだけイスラームヘブライ文化圏を入れてもらえたら、なんてついつい欲が出てしまうところだが、そこはそれ。もし本書に触発されてそう感じたら、あとは自前で増補してゆけばよいだろう。


巻と章によって執筆者が異なっており、陰影に富んで読むよろこびを感じられるページもあれば、無味乾燥な歴史記述で一向に頭に入ってこないページもある。無理に通読しようとして挫折するよりは、馬の合う執筆者や関心の強い項目から読むうちに、気付けば全巻のあちこちにはりめぐらされたリンクをたどるはめになる、という読み方でいいと思う。


なによりありがたいのは、巻末の文献リストだ。それぞれの対象について、専門家が信頼すべき文献を教えてくれているから、各項目に触れて「もっと知りたい」との渇望感を覚えた向きはどんどん活用したい。原書の書誌もしっかり掲載されているのがまたうれしい。え? 外国語なんてとても読めない? それならこの際いっそ、スピノザを読みたい一心でラテン語オランダ語ごと勉強してしまうのも手ではないだろうか(ンなこたァない?)。


なかには、現在では8巻まで出ているLoeb版Hippocrates集が、「4 vols」(第1巻、p.685)となっていたりする個所もあるけれど、気付いた読者は書き込みを施してカスタマイズしてゆけばよい。


毎号掲載されていた図版集「イメージの回廊」もたのしみなページだった。


7月10日には、哲学史年表と総索引を収めた別巻が刊行の予定。


同じ体裁で「文化の歴史」や「映画の歴史」なンて叢書も出してもらえたら、などとつい夢想するのであった。


中央公論新社 > 『哲学の歴史』
 http://www.chuko.co.jp/zenshu/tetsugaku/
 同叢書の紹介ページ。各巻の目次や執筆者などの情報あり。


参考までに、上で触れた平凡社『思想の歴史』の全巻構成を記しておこう。

01 ギリシアの詩と哲学(田中美知太郎編)
02 春秋戦国と古代インド(貝塚茂木編)
03 キリスト教会とイスラム(服部英次郎編)
04 仏教の東漸と道教渡辺照宏編)
05 ルネサンスの人間像(野田又夫編)
06 東洋封建社会のモラル(石田一良編)
07 市民社会の成立(野田又夫編)
08 近代合理主義の流れ(清水幾太郎編)
09 マルクス社会主義者(河野健二編)
10 ニーチェからサルトルへ(清水幾太郎編)
11 二十世紀アジアの展開(田中美知太郎編)