★「没後30年 香月泰男展――〈私の〉シベリア、そして〈私の〉地球」@東京ステーションギャラリー
もし額縁と余白がなければ、どこかの石壁に描かれたのではないかと思うような、あるいは岩をキャンバスに見立ててそこから彫りだしたのではないかと思うような造形をもつ香月泰男の絵が、どうしてこうも視線を釘付けにするのか。描かれる対象は、色、形ともにシンプルきわまりないのだけれど、風雨にさらされて細かな凹凸がついた岩肌のような筆跡が、目を否応なく運動させるのだと思った。描かれた対象(人物の顔や山)を注視しているつもりが、気づくと絵の表面にできているざらざらとした不均等な模様としかいいようのない色の濃淡と形をたどっている。そしてその岩肌のような模様をたどる視線は、描かれた対象を「あ、うさぎだ」と認識するようにはなにかを了解したりすることがない。こういう状態を、眺め厭きないというのだろう。ほんとうに眺め厭きない絵だ(しかしそういう絵であるだけに、作品と目のあいだにあるガラスやそこに映りこむ照明や周囲の背景はいつにもまして邪魔なんである)。
東京ステーションギャラリーでの展示が今日までなのが残念。といっても、このあと、山口、北海道を経て、茨城県近代美術館にも巡回するようだ(そのあとは石川、静岡が予定されている)。