★星野力『甦るチューリング——コンピュータ科学に残された夢』(NTT出版、2002/10、amazon.co.jp)#0346*
アラン・マシソン・チューリング(Alan Mathison Turing, 1912-1954)といえば、チューリング・マシンや第二次世界大戦下での対独暗号読解の仕事などで知られるイギリスの数学者。チューリングに関心をもっている読者なら、彼がホモセクシュアルであったことや、謎の服毒自殺——といっても自殺とはつねに謎なのだが——を遂げたことをご存じかもしれない。昨今日本語でチューリングその人と仕事を主題的に扱った書物にはあまりお目にかからない。
星野力(ほしの・つとむ, 1938- )氏による本書は、そんなチューリングの評伝であると同時に、チューリング・マシンや暗号読解の手法、チューリング・テストといった仕事についての解説書(著者がチューリングの足跡をたどったイギリス旅行の記録も併載されている)。仕事の紹介では、そのアイデアを構成する数学的な基礎について概説がほどこされているので、きちんと議論をフォロウすれば(基礎的とはいえ)原理的な理解が得られるのがありがたい。
たとえば、ソフト開発に従事していてもっとも困ることの一つは、あるプログラムの整合性(どこかで不都合な実行停止に陥らないかどうか)を自動的にチェックするプログラムが書けないことだ。
だから現場では、ソフト開発も後半にさしかかるとひたすらそのソフトを使ってみて不具合が出ないかどうか、さまざまな状況でさまざまな操作を行ってみる、というテスト(モニターとも言う)を行う。これはすべて人力でまかなわれるなかなかしんどい作業。もしプログラムが作り手の意図に反する箇所で実行停止してしまうことを自動的にチェックできればソフト開発もかなり楽なのだけれど、これは原理的にできない。こんなこともまた、チューリングによって「計算不能なものがある」というかたちでばっちり保証(?)されてしまっている。
現場のソフト開発者はこのことを経験的に理解している。ただし、なぜそうなのかをきちんと理解しようと思ったら一寸メンドウだ。本書では、そうしたこともわかるように解説がなされている。
また、チューリングが晩年にとりくんだ生物の形態形成についても一章が割り当てられているのも本書のうれしいところだ。
余計なことを言えば、もともと『月刊アスキー』に連載(2000-2001年)された文章ということもあって、コンピュータ関連の用語についてはとくに注釈なく使われている。「レジスタ」「アドレス」「RISC」などの語を見て「?」となる読者は、手元に「コンピュータ用語辞典」を置くか、ネット上にある辞典を参照する必要があるかもしれない。
目次は以下のとおり。
・はじめに
・第一章 誕生、学校、数学
・第二章 計算する機械
・第三章 コンピュータが計算できないこと
・第四章 暗号破り
・第五章 コンピュータの実現
・第六章 イミテーションゲーム
・第七章 生命との直面
・第八章 いまなぜチューリングなのか?
・おわりに
・参考文献
本書に関連する仕事としては、星野力『誰がどうやってコンピュータを創ったのか?』(共立出版、1995/06、amazon.co.jp)も参考になる。
⇒星野のサイエンスとフィクションの世界
http://www1.accsnet.ne.jp/~thoshino/