図書目録の楽しみ



 出版目録や、古本目録を眺めるのが好きです。
 それも、紙でつくられたものであればなおのこと。


 もちろん、昨今のこと、ネット上でもいろいろな目録やデータベースが公開されており、毎日のように便利に使わせていただいています。しかし、そうした経験を経てもなお、紙でつくられた目録は素晴らしいと、最近改めて感じています。


 紙でできた(ものに限らなくてもよいわけですが、要するに物質で象られている)目録の最大のよさは、なによりもそのモノとして限られた存在であるということです。目録の冊子としての大きさ、それを構成するページ数、ページ内の文字量が、当然といえば当然のことながら限られており、それが掌に収まります。これがなによりもいいのです。



 「そりゃあなた、紙へのフェティシズムでしょう」と、しばしば誤解されるのですが――そしてそういう側面がないわけではありませんが――そこは第一の要点ではありません。そのことよりも、一つのモノとして限りがある存在であることがいいのです。言い換えれば、「ここに或る書物の集合体が収まっていて、一つの全体を成している」という感覚と申しましょうか。それは、蔵書のミニチュアのようなものでもあろうと思うのです。マルセル・デュシャンは、自分の作品のミニチュアをこしらえて、これを一つの箱に収めるということをしましたが、あれに似たポータブルな感覚です。


 コンピュータやディジタルデヴァイスを媒介する場合、この感覚に欠ける憾みがあります。「いやいや、iPadならiPadというモノが一つの閉じた全体だろうに」と、これまた誤解されるかもしれません。しかし、ああしたデヴァイスは、なるほどモノとしては一つの姿形を具えていますが、ソフトウェアやデータの観点で考えた場合、紙の目録のような限定とは、むしろ無縁です。そして、そこがディジタルのよさでもあるわけです。


 また、紙の目録は、それが印刷されたときの姿から変化しません(微視的には摩滅していますが)。これはメリットでもありデメリットでもあります。デメリットから言えば、例えば岩波文庫解説総目録』などのように、その後刊行された書目が反映されない不便さがあります。ディジタルなら、データベースにどんどんデータを追加してゆけばよいので、データ更新さえ怠らなければこうした問題は生じません。


 他方で、メリットはどこにあるのか。モノとして固定しているため、繰り返し使い込んでゆくと、使い手の脳裏に、その固定された様子が記憶されてゆくということです。何度も見ているうちに、どの辺に何が書いてあるか、手に馴染み、身に染みこむと言いましょうか。同時に目録自体も、使い手の手がそれを繰るときのかたちに変化してゆきます(いわゆる手ズレも含んで)。これはデータ全体の編成などが流動的に変化してゆくディジタル・データには馴染みづらいことではないかと睨んでいます。要するに、人間の記憶のあり方を考えたとき、紙の目録のように固定していることには、固有の意味があると思うのです。


 そんなわけで、ネットのデータベースも猛烈に駆使しながら、他方では紙の目録も蒐集しています。出版社が発行する目録の多くは、在庫があるものを中心にしています。これは、商売のための道具でもありますから、無理からぬことです。でも、利用者の立場からすると、在庫の有無にかかわらず、刊行したものを全て並べておいてもらえたほうが有意義だろうとも思います。品切れでも、そういう書物が存在しているというその情報が得がたいからです。




 そういう点でいくと、先に名前を挙げた岩波文庫解説総目録』岩波文庫編集部編、全3冊、1997、ISBN:4002010384)や、やはり岩波書店が刊行している鹿野政直岩波新書の歴史――付・総目録1938〜2006』岩波新書別冊9、2006、ISBN:4004390095)などは、在庫の有無とは関係なく刊行した書目を網羅しているので大変便利です。文庫のほうは、色(分野)ごとになんらかの年代順に書目を並べています。新書のほうは、刊行順です。


 同様に、『中公文庫解説総目録 1973〜2006』(中公文庫編集部編、2006、ISBN:4122047463)も、在庫の有無とは関係なく、著者番号順に全書目を並べてあります。2009年にやはり中央公論新社が非売品として配布した中公新書の森――2000点のヴィリジアン 1962〜2009』も、岩波新書と同様、刊行順の並びです。


 比較的最近では、これもまた文庫ですが、東京創元社文庫解説総目録 1959.4-2010.3――付・資料編』高橋良平東京創元社編集部編、2010、ISBN:4488495117)が、箱入り2巻組の目録を刊行しており、翻訳ミステリーやSFのファンとしては、ぜひ座右に置きたい資料となっています。


 他にも各出版社による図書目録や、古本の目録など、注目したいものが多々ありますが、それはまたの機会にご紹介するとして、最後にもう一つ目録の楽しみについて述べてみます。


 それは、言ってみれば図書目録のカスタマイズです。自分が蔵書しているものや、読んだことのあるものにチェックを入れるなどしたり、まだ遭遇していなかった書物の所在を教えてもらったりと、目録に手を入れてゆくわけです。こうなると、ただ読むだけでなく、すでに蒐集の域に片足を突っ込んでいるようなところもありますが、実際に自分の好き嫌いや趣味とは関係なく、この叢書は全部目を通そうと決めて、機会あるごとに集めたりすることもあります。そのためには、正確で網羅され、掌に入って、それを片手に書棚をうろうろできるような目録が欠かせないのです。


 こうして各出版社の目録などを見ながら、叢書ごとの刊行書目を比べてゆくと、文庫ごと、新書ごと、叢書ごとの性格や狙い、あるいはその変化などが見えてきて、これもまた一興です。各出版社が、こうした在庫の有無にかかわらぬ総目録をつくってくださると、読者としては大変うれしいのですが、なかなかそういうわけにもいかないので、そうなると自分のパソコンにそうした目録を構築したりもするわけです。


 だんだん何の話をしているのか判らなくなってきましたが、手もとにある目録はまだまだ少ないので、分野を問わず、あちこちの出版社の目録を集めてみようと思っているところです。先日は、オライリー・ジャパン森話社にお願いして、目録を頒けていただいたのでした。


 こうした目録蒐集や読書の営みの成果については、遠からず公開される予定の新しいウェブ連載(ブックガイド)でも、引き続きお話ししたいと思っています。