出典探索 アインシュタインの言葉

アルバート・アインシュタインの言葉に「宇宙について最も理解しがたいことは、それが理解可能だということである」というのがある。よく引用されるので、どこかで目や耳にしたことがおありかもしれない。

先日、原稿を書いている際に、この言葉がぴったりくるのでわたくしも引用しようと思ったことがあった。草稿では、よく調べないまま上記のように書いておいた。後で出典を確認する心算。

原稿をあらかた書き終えて、やはりこの引用を残そうと思ったので、原文の確認にとりかかる。

ネットで検索すると、こんな英文が出てくる。

The most incomprehensible thing about the universe is that it is comprehensible.

なるほど、これを訳せば「宇宙について最も理解しがたいことは、それが理解可能だということである」となる。これには別のヴァージョンもあって、universeの代わりにworldと書かれたものも見かける。

ただし、これらの文章を掲載するサイトのほとんどには出典が記されていない。だから本当にアインシュタインが述べた言葉なのかどうか、これだけでは不明である。

 

そこで出典を調べることにした。

上記の英文をgoogleで検索すると189000件がヒットする。

そのなかにこの英文の出所を示したサイトがあった。そこにはこう書いてある。

"The most incomprehensible thing about the universe is that it is comprehensible" from "Physics and Reality"(1936), in Ideas and Opinions, trans. Sonja Bargmann (New York: Bonanza, 1954), p292.

http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/Nave-html/Faithpathh/Einstein.html より)

つまり、この言葉は"Pysics and Reality"という1936年の文章に出ているという次第。この文章はIdeas and Opinionsという本に入っており、それはSonja Bargmannが訳したもので、Bonanzaという版元から1954年に刊行されたというわけである。ページ数も書いてあり、たいへんありがたい。

さて、というのでこの本を見てみた。292ページにこうある。

One may say "the eternal mystery of the world is its comprehensibility." It is one of the great realizations of Immanuel Kant that the postulation of a real external world would be senseless without this comprehensibility.

 (Ideas and Opinions, p. 292から。下線は山本)

上で見た文章とはだいぶ違っているが、意味するところは同じといってよいだろう。訳せば「世界について永遠の謎は、それが理解可能であることだ」となろうか。先の引用では「宇宙(universe)」となっていたが、この本では「世界(world)」とある。しかも、これはカントの顰みにならってのことのようだ。

 

これで一応、英語での出典らしきものは目にした。しかし、この本は英訳であり、元はおそらくドイツ語で書かれたものだろう。

というのでPysics and Realityという文章そのものの出所を見てみる。

この英訳本にこうある。

From The Journal of the Franklin Institute, Vol. 221, No. 3. March,1936.

つまりThe Journal of the Franklin Instituteという雑誌に掲載された文章というわけで、探すべきはこの雑誌のこの号だ。

誌名と号数で検索すると、電子論文アーカイヴがヒットする。まことに便利な世の中だ。ありがたい。

www.sciencedirect.com

これはScienceDirect.comというサイトで、昨今学術界を賑わせているエルゼビア社(Elsevier)が運営する電子論文アーカイヴ・サーヴィス。

確かにお目当てのアインシュタインの論文Physik und realitätがある。ただし、この論文のPDFは$35.95とのこと(この論文が掲載された雑誌1冊の値段ではなく、論文1本の値段)。

他で読めない場合はここに戻ってくることにして、さらに探すと見つかった

先ほど見た英訳の元となったくだりはこんな具合。

Man kann sagen: Das ewig Unbegreifliche an der Welt ist ihre Begreiflichkeit. Dass die Setzung einer realen Aussenwelt ohne jene Begreiflichkeit sinnlos wäre, ist eine der grossen Erkenntnisse Immanuel Kants.

The Journal of the Franklin Institute, Vol. 221, No. 3. March,1936, S. 315から。下線は山本)

なるほど、たしかに「世界について永久に理解できないことは、世界が理解できるということだ」と書いてある。

――というわけで、これで一件落着。しかるべき語で検索さえすれば、こんなふうに目指す資料を読めるわけである(もちろんネット上にある場合に限るけど)。

以上、調べ物の一例でした。

 

Ideas And Opinions

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