イェスパー・ユール『ハーフリアル』読書会のためのメモランダム #03

 

イェスパー・ユール『ハーフリアル』(松永伸司訳、ニューゲームズオーダー)の第2章「ビデオゲームと古典的ゲームモデル」を読んでいます。

前回は第1段落を読んだところ。続いて第2段落。

■メモランダム3.第2章第2段落:ゲームの古典的モデル

3-1.第2章の主題

以下では、邦訳の第2段落を区切りながら読んでみる。

先に述べれば、原書では邦訳の第1段落とこれから読む第2段落は、いずれも第1段落である。邦訳では、ここで改行されて段落が分けられている。

 さて、この章の主題は、まさにこの「すべてのゲームに共通するもの」という点にある。以下では、7つの先行研究がおのおの提示しているゲームの定義を踏まえて、新しいゲームの定義を提示したい。この定義を「古典的ゲームモデル」と呼ぶことにしよう。

(第2段落、訳書37ページ/原書p. 23)

 

第1段落では、ウィトゲンシュタインを引用して、「すべてのゲームに共通するもの」などないのではないか、という疑問が提示された。だが、それこそが本章の主題であるという。つまり、ユールは、ウィトゲンシュタインが無理といったゲームの定義をしてみようというわけである。その際、いきなり定義を示すのではなく、先行研究がどのように定義しているかを集めて検討しようという次第。

これは、古くはアリストテレスの研究スタイルでもあった。例えば、『形而上学』では、存在を探究することが主題であり、アリストテレスは自説を開陳するに先立って、先行者たちが、世界(存在)をどのように説明してきたかを要約・提示している。タレスは世界を水から出来ているといい……という、いまでも哲学史に受け継がれている記述である。アリストテレスは、そのようにして先行研究をまとめてから話を進めるというやり方を採用していた。そしてこのやり方は、ユールに限らず、現在も広く行われている。

ついでに言えば、ケイティ・サレンとエリック・ジマーマンによる『ルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎』(山本貴光訳、ソフトバンク クリエイティブ)の「ゲームを定義する」の章でも、サレンとジマーマンは、先行研究におけるゲームの定義を要約した上で、自分たちの定義を提出していた。これについては、後に定義が示される段階で、改めて比較検討してみよう。

 

3-2.古典的ゲームモデル

「古典的ゲームモデル」とは何か。これについては、次の文で言及されている。

このモデルを「古典的」と呼ぶのは、ゲームが伝統的にそのようなあり方をしていたからだ。もっと言えば、このモデルは、5000年を超えるゲームの歴史に当てはまる。

(第2段落、訳書37ページ/原書p. 23)

 

なぜ「古典的ゲームモデル(classic game model)」と命名したのか。その理由をユールは述べている。「ゲームが伝統的にそのようなあり方をしていたからだ」とは、どういう意味だろうか。ここは少し分かりづらい。「そのようなあり方」とは、どのようなあり方のことか。文の形から可能な読み方を考えてみる。

このモデルを「古典的」と呼ぶのは、ゲームが伝統的に「古典的」なあり方をしていたからだ。

 

このように読みたくなる読者もいるかもしれない。

ただし、このままでは意味が分からない。なぜなら少なくともここまでの文を読む限りでは、「古典的」という言葉の意味が不明だからだ。このように読んだ場合、結局「ゲームの古典的なあり方」ってどんなあり方? と疑問が湧くことになる。

では、そうではないとして、「そのようなあり方」とは、どのようなあり方なのか。

原文を見てみよう。こう書かれている。

The model is classic in the sense that it is the way games have traditionally been constructed.

(原書p. 23)

 

邦訳は、この文を忠実に訳していることが分かる。いま、疑問だったのはユールが、これから提示しようとしている「古典的ゲームモデル」なるものを、なぜ「古典的」と形容してあるのか、という理由だった。彼は「ゲームが伝統的にそのようなあり方をしていた」、だから「古典的ゲームモデル」と呼ぶのだ、と言っている。だが、ここは分かりづらいと感じたのだった。

 

いま眺めた原文の流れに沿って日本語として読んでみる。 

そのモデルは古典的である。どのような意味でそう(古典的と形容されるようなもの)なのか。そのやり方でゲームがこれまで組み立てられてきた(という意味で)。

 

ここで下線を引いた"in the way"は"the model"を指していると読めば、上の文は、こう言い換えられる。

そのモデルが古典的であるというのは、これまでゲームがその〔モデルのような〕やり方で組み立てられてきたという意味である。

 

つまり、これから示されるはずの「ゲームモデル」のようなやり方で、これまでゲームがつくられてきた。昔ながらのゲーム制作のモデルなので、「古典的ゲームモデル」と呼ぶことにする、という次第である。

そして、「もっと言えば、このモデルは、5000年を超えるゲームの歴史に当てはまる。」ともユールは言っている。念のためにいえば、短く見積もっても5000年にわたるゲームの歴史というのは、「序論」でも触れられていたように(そして常識的に考えても推測できるように)ヴィデオゲームの話ではなく、いわゆるアナログゲーム、非電源ゲームを含む話である。この点を紛れなく言うとしたら、古典的ゲームモデルは、ヴィデオゲームはもちろんのこと、それ以前の過去5000年に及ぶゲームに妥当するということだ。

 

3-3.ゲームは変わらずにあり続けている?

もちろん、人間の文化のある面が何千年も変わらずにありつづけたなどという話は、ふつうは成り立たない。しかし、ゲームに関しては、これを支持する確かな根拠がある。序論でセネトというエジプトのボードゲームに言及したが、このゲームは、バックギャモンや『Parcheesi』といった現代のボードゲームの先駆らしい(Piccione 1980)。

(第2段落、訳書37ページ/原書p. 23)

 

仮にゲームの歴史が5000年あるとして、他のものの場合には、その間、変化せずにいたりはしないものだが、ゲームは変わらずにあり続けている。と、こう述べられている。

なぜそんなことが言えるのか。古代エジプトで『セネト』というゲームが見つかっている。これは後の『バックギャモン』や『パーチージ』などのゲームの「先駆らしい」からだ。

――ということについて、ユールは自分でも述べているように、「序論」でこう書いていた。 

古代エジプトのボードゲームであるセネトは、紀元前2686年に作られたヘシレの墓で見つかっている。セネトは、現代のバックギャモンや『Parcheesi』――これらのゲームは、こんにちではコンピュータを使ってプレイされることが多い――の先駆にあたるものだ。

(邦訳11ページ/原書p.4)

 

この箇所で『Parcheesi』に次のような訳注がつけられている。 

インドのすごろくゲームパチーシ(pachisi)をもとにアメリカで作られたゲーム。

 

Wikipedia英語版のParcheesiの項目には、次のような説明がある。 

Parcheesi is a brand-name American adaptation of the Indian cross and circle board game Pachisi, published by Parker Brothers and Winning Moves.

『パーチージ』は、インドの十字と円のボードゲーム『パチージ』をアメリカで翻案した際のブランド名で、パーカー・ブラザーズとウィニング・ムーブスが発売している。

 (Wikipedia英語版のParcheesiの項目)

 

別の文献によれば、『パチージ』(『パチジ』とも)は、インドに古くからあるゲームで、これを19世紀にイギリスやアメリカで商品化したようだ。この辺りのことについては、Bruce Whitehill, Parcheesi: The Royal Gameが詳しく記している。

ここでユールが参照している文献は、以下のもの。

Peter A. Piccione, “In Search of the Meaning of Senet.” Archaeology 33 (July-August 1980): 55-58.
この論文はウェブでも閲覧できる。

ざっと見ただけなので、見落としているかもしれないが、この論文そのものには、『セネト』が『バックギャモン』や『パーチージ』の先駆とは言明されていないようだった。上記のテキストが、ユールの参照したものと違っている可能性もある。

 

例えば、別の文献では、『セネト』と『バックギャモン』と『パーチージ』を関連づけている例が見つかる。

Oswald Jacoby and John R. Crawford, The History of Backgammon, 1970

このテキストでは、『セネト』に「『バックギャモン』の先駆」と説明が添えてある。また、『バックギャモン』と『パーチージ』が関連づけられている。

 

あるいは

Coral Clark, Senet: An Egyptian Game of Strategy (RAFT)

という『セネト』を解説したテキストでは、『パーチージ』や『バックギャモン』の親戚であるとの一文もある。

 

先ほども触れた

Bruce Whitehill, Parcheesi: The Royal Game (in Knucklebones games magazine, september 2007)

でも、『セネト』が『バックギャモン』タイプのゲームの祖先であると述べられている。

――とまあ、ユールが実際にどのテキストを見たのかはともかくとして、古代エジプトの『セネト』が、『バックギャモン』や『パーチージ』に似ているのは確かである。というのは、これら三つのゲームをプレイしてみても感じるところだ。

 

3-4.地域や文化を超えた共通性

さらに、過去数千年のあいだに作られたボードゲームやカードゲームは、ヨーロッパ・アフリカ・アジアに共通する歴史をふつう持っている。また、アメリカの人類学者スチュアート・キューリンが記録しているように、北米インディアンの文化にもゲームはある(Culin 1907)。こうしたことが示すのは、古典的ゲームモデルに則ったゲームは、大多数の文化においてすでに知られているということだ。

(第1段落、訳書37ページ/原書p. 23)

 

先ほどの、ゲームの場合、数千年にわたって共通性が見られるという話の続きだ。ユールはここでは触れていないけれど、例えば、『チェス』と『将棋』と古代インドの『チャトランガ』なども、そういう意味では共通性があると言えるだろう。

この点に関しては、増川宏一さんの『盤上遊戯の世界史――シルクロード 遊びの伝播』(平凡社)が詳しく追跡している。

 

ここでユールが言及している文献はこれ。

Stewart Culin, Games of the North American Indians (University of Nebraska Press, 1992)

 

スチュワート・キューリン(Stewart Culin, 1858-1929)は、アメリカの文化人類学者。ゲームについては、ユールが触れている北米のネイティヴ・アメリカンのゲームだけでなく、朝鮮、中国、日本、アフリカのゲームについても本を残している。f:id:yakumoizuru:20170703210239j:plain

キューリンについては、やはりユールが参考文献に挙げているアヴェドンとサットン=スミスによるゲーム論集『ゲーム研究(The Study of Games)』でも、第3章の「文化人類学の情報源」の部に、「マンカラ――アフリカの国民的ゲーム」、「アメリカン・インディアンのゲーム」が抜粋紹介されている。

ついでに申せば、The Study of Gamesの同じく第3章の文献リストの項目には、複数文化にまたがるゲーム、アフリカ、ヨーロッパ、オセアニア、アジア、中米、北米、南米のセクションがあり、関連文献が掲げられており、非常に便利である。

キューリンの本も著作権が切れており、Internet Archiveなどでも公開されている。

 

3-5.第2段落のまとめ

 

この第2段落を要約しておこう。もとより短い文章の要約なので、ほとんど原文の繰り返しになるかもしれない。

a) 本章の主題は、ゲームの新たな定義を示すこと。

b) 先行7研究で示された定義(古典的ゲームモデル)を踏まえて、新しい定義を示す。

c) 過去5000年のゲームに妥当するモデルなので「古典的」と称す。

d) 古代エジプトの『セネト』は現代の『バックギャモン』『パチージ』の先駆。

e) 過去数千年、ヨーロッパ、アフリカ、アジアで作られたボードゲーム、カードゲームには共通の歴史がある。北米インディアン文化にもゲームがある。

f) d, eは、大多数の文化で古典的ゲームモデルに則ったゲームが知られていたことを示している。

と、要約を書いてみて、この段落について、もう少し気になることが出てきたが、これについては後で追記したい。 

 

■関連リンク

⇒日曜社会学 > 「イェスパー・ユール『ハーフリアル』読書会」
 http://socio-logic.jp/events/201706_Half-Real/

 

■関連文献

 

ハーフリアル ―虚実のあいだのビデオゲーム

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Half-Real: Video Games between Real Rules and Fictional Worlds (MIT Press) (English Edition)

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