『デジタル・バイツ』(BNN、2024)

長谷川祐子監修、金沢21世紀美術館編『デジタル・バイツ アート&テクノロジーの摂り方』(BNN、2024.01.15)に寄稿しました。

こんな装幀です。装幀・基礎設計は加瀬透さん、レイアウトは平野雅彦さん。

これは、金沢21世紀美術館で開催が始まり、能登半島地震の影響で休止中の展覧会「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)ー次のインターフェースへ」展の図録を兼ねた本です。

「図録を兼ねた本」とは、図録そのものではなく、図録の要素もありながら、同展の範囲に必ずしも収まらない論考などを収めているという意味なのでありました。公式サイトに記された概要を引いてみます。

序章では金沢21世紀美術館の館長、長谷川祐子氏によるステートメントとして、デジタルを栄養として摂取する糸口となるテキストを、続く章では、社会学者の遠藤 薫氏、キュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリスト氏に寄せてもらった、この新しい現実を探索する羅針盤となるテキストを掲載。
メインとなる次の章では、領域を横断する5つのアプローチから「デジタル」と一体になる〈人間〉のいまを探ります。さまざまなバックグラウンドを持つ専門家が「セオリー」を、また本展覧会の企画に携わったキュレーター陣が、アーティストとの対話を通した「プラクティス」を、会場では見られない作品も自由に参照しながら、独自の視点で書き下ろしました。展覧会を記録した図録を超え、書籍ならではの構成で、アートとデザインの実践を紹介しながら、デジタルテクノロジーがもたらした〈人間〉の変化に迫ります。

目次は次の通りです。

本書のプロンプト──はじめにに代えて
ステートメント:
「デジタルバイツ ―「新しい人間力」のための栄養学」 ── 長谷川祐子

コンパス:
「DXP─ 惑星たちがデジタルテクノロジーと遊戯するとき」── 遠藤 薫
「ビデオゲーム:実現したもの・しなかったもの」── ハンス・ウルリッヒ・オブリスト

セオリー&プラクティス:
① 身を預けるデジタル
セオリー 「伸び縮みする」── 砂山太一
プラクティス 「AIの言語野に、創造の可能性をみる」── 本橋 仁

② 纏うデジタル
セオリー 「服のようなもの ─「着ること」の問いへと向かうために」── 小形道正
プラクティス 「浮遊するファッション」── 原田美緒

③ 受肉するデジタル
セオリー 「人間でも道具でもない他者」── 太田充胤
プラクティス 「AIを通して自分を見る ─ AIと人間の新たな関係性を示すアート」── 原田美緒

④ 徘徊するデジタル
セオリー 「世界の果てから考える ─ デジタルゲームという潜在性を探るあそび」── 山本貴光
プラクティス 「異世界へようこそ」── 杭 亦舒

⑤ 種を残すデジタル
セオリー 「データベースと不死性」── 戸谷洋志
プラクティス 「デジタル・パースペクティブ:エラーを受け入れること」── 髙木 遊

DXP デジタル・トランスフォーメーション・プラネット ── 次のインターフェースへ
インスタレーション・ビュー 
展示作品リスト
展覧会クレジット
おわりにに代えて ── チャッピー(ChatGPT)

ご覧のように、冒頭の長谷川祐子館長による「ステートメント」に続いて、遠藤薫さんとハンス・ウルリッヒ・オブリストさんによる「コンパス」となるテキスト、そして「セオリー&プラクティス」という対となる文章が全部で5組並びます。

私は「徘徊するデジタル」というセクションで、「世界の果てから考える ─ デジタルゲームという潜在性を探るあそび」という文章を書きました。このところデジタル・ゲームを主な材料として考えている「潜在/顕在」の関係についてあれこれ述べています。対となるプラクティスは、金沢21世紀美術館レジストラーの杭亦舒さんによる「異世界へようこそ」です。

というわけで、以前、ニコニコ美術館で同展覧会の番組進行を務めた際、解説者の1人して登場した本橋仁さん(同館レジストラー)から番組中に「公開依頼」された文章をなんとか形にすることができました。

お楽しみいただけましたら幸いです。

DIGITAL BITES デジタル・バイツbnn.co.jp