侯孝賢の映画珈琲時光に、江文也(こう・ぶんや)という音楽家の話が出てくる。


主人公の陽子(一青窈)——江文也の次女は庸子(ようこ)さんであるのは偶然か——の生業はライターであるらしいのだが、この陽子が映画中で取材調査しているのが江文也なんである。


ところで、かつてオリンピックの種目に芸術部門があったことをご存じだろうか。


江文也は、1936年(昭和11)のベルリン・オリンピック(いわゆるナチス・ドイツの「民族の祭典」)音楽部門で「日本人」として銅メダルを獲得したメダリストである。


日本からはほかに、山田耕筰「行進曲」、諸井三郎「オリムピックよりの断片・三章」、箕作秋吉「盛んな夏」、伊藤昇「スポーツ日本」などが出品されたらしい。江文也は「台湾の舞曲」で入選を果たした。


彼は1910年(明治43)に当時日本の植民地だった台湾で生まれた「日本人」(日本国籍)で、13歳のときに日本へ移り、山田耕筰に師事して音楽を学ぶ。歌手、作曲家として活躍し、上記のオリンピック入賞のほか、1937年(昭和12)のパリ万国博覧会に「四つの生蕃の歌」を出品、1938年には北京師範大学教授に就任。長谷川一夫李香蘭主演の「蘇州の夜」、「東洋平和への道」などの映画音楽、「熱風」「討ちてし止まむ」といった軍歌の作曲もある。


日本の敗戦にともなって中国では日本軍部に協力したとして国民党政府から弾劾をうける。共産党政権に変わるやいなや今度は文化大革命の批判をうけて踏んだりけったりの扱い。1983年に北京で病没。


いま私は藍川由美が歌う江文也の「四つの生蕃の歌」(『アジアの唄声』、1999)を聴きながらこれを書いているのだけれど、その一曲「首祭の宴」などはエリック・サティを思わせる軽妙な……お、地震だ(ヤヴァイ——微妙なバランスで積み上げられた本の山が床を埋め尽くしている部屋にいるので、どんなに小さな揺れも敏感に察知しちゃうのよ。てゆうか結構揺れてませんかって言ってるひまがあったらこの部屋を脱出しなくちゃ)。



——ということを、以下の本に教えられた。


★井田敏『まぼろしの五線譜——江文也という「日本人」』白水社、1999/07、amazon.co.jp


江文也の日記や珈琲時光にも登場した江夫人(愛称は「パンジー」)ほか関係者にインタヴューを行って書かれた評伝。


江の曲をまとめて聴けるディスクは、現在国内で探した限りではほとんど見当たらない。かろうじて——


『江文也——日本時代のピアノ曲(キングインターナショナル、2001)


がある(細かくはアンソロジーなどへの収録もあるようだ)。


なお、目下ナクソスで続々とリリースがつづいている「日本作曲家選輯」の予定のなかに江文也の名前が見えている。


NAXOS JAPAN > 日本作曲家選輯
 http://www.naxos.co.jp/japaneseseries.html


博覧強記で知られる音楽批評家・片山杜秀による解説が珈琲時光の公式サイトに寄せられていてこれも参考になる。


⇒『珈琲時光』 > 江文也のこと
 http://www.coffeejikou.com/special/index.html